【TIFF】『トリシュナ』マイケル・ウィンターボトム監督インタビュー

急速に変化する世界を描きたい~トマス・ハーディの世界を大胆にインドで構築

(第24回東京国際映画祭コンペティション部門)

マイケル・ウィンターボトム監督

本作は英国の文豪トマス・ハーディの名作『ダーバヴィル家のテス』を、舞台を現代インドに移して映画化した作品である。インドの貧しい村で育ったトリシュナは、若く裕福な英国のビジネスマン・ジェイと出会う。彼は父親が経営するホテルで働くためにインドにやってきたのだ。あることがきっかけで、彼女はジェイのホテルで働くこととなり、2人は恋に落ちる。だが、2人を取り巻く環境は目まぐるしく変化し、やがて悲劇を生むという物語だ。トリシュナの働くホテルというのが、原作でいうところのダーバヴィル家に当たるんだな、と原作の設定を思い浮かべながら見るのも、興味深いかもしれない。
今回、東京国際映画祭での上映に合わせて来日した、本作のマイケル・ウィンターボトム監督にお話を伺うことができたので、ご紹介したい。

●トマス・ハーディへの思い入れ
ウィンターボトム監督にとって『トリシュナ』は、『日陰のふたり』(96)、『めぐり逢う大地』(00)に続く、3作目のハーディの小説の映画化となる。監督のハーディへの思い入れはどのくらいのものなのだろうか?
監督はハーディ作品が大好きだと前置きしたうえで、「ハーディは一般的には運命論者とか悲観論者とか伝統的な作家と思われがちだが、私はとてもラジカルな作家だと思っています。鋭い社会批判もしているし、常に主人公に寄り添い、温かい眼差しで描き、かつ、大きな視点で描いている点で素晴らしい作家だと思っています」とその理由を披露した。ただし、この『テス』を映画化することは、あまり意識していなかったという。

●インドにこだわった理由
しかし、インドのラジャスタンに行った時、ここでならば『テス』を撮ってもいいと直感的に思ったことで本作の構想を練り始めたという。なぜインドなのか?
「『日陰のふたり』は原作そのままの設定で映画化しましたが、『テス』に限れば、ストーリーをインドに置き換えた方が分かりやすいと思いました。つまり、ハーディの世界は、19世紀、村落社会が次第に産業化によって、どんどんモダンになっていく時代が背景となっています。ヒロインのテスの悲劇は、古い世界と新しい世界に、それぞれ片足をとられ、その橋渡しができなかったことです。もし、原作の設定のままで映画化してしまうと、当時としては新しいものの象徴だった蒸気機関車が出てきても、何だかノスタルジックな、古き良き時代を彷彿させてしまうような、逆にゆったりとした世界を感じてしまうのではないか、と思いました。私は急速に変化する世界を描きたかったのです。新旧両方の世界の狭間を描くには、今のインドを舞台にしたほうがより伝わると思いました。インドの都市部の発展ぶりはすさまじいですが、村落部ではそうではなく、その落差が激しい。その落差が必要でした」とウィンターボトム監督は述べる。
とは言え、舞台をインドでなくても、例えば、母国である現代の英国で映画化しようとは考えたことはなかったのだろうか?すると監督は、「今の英国はそれほど急速な発展や変化が感じられない」として、「ハーディの精神をより理解してもらうには、インドがベストな場所でした」とインドへのこだわりを強調した。

●映像にもハーディの影響
トリシュナとジェイが互いに意識し、恋に落ちる頃の映像は瑞々しく、幸せやときめきに溢れている。田園風景や朝日が昇る様子、動物の描写が美しい。だが、2人の関係が変化を迎え、やがて悲劇に向かうにつれて、次第に殺伐とした空気に変化していく。
「トリシュナとジェイの関係に変化が起こるとき、その節目ごとに、意識してロケーションも変えています。それによって、トリシュナの心の変化を映像でも表現したかったのです」とウィンターボトム監督。
また、インドの鄙びた田園の様子や、ムンバイの喧騒な街並みなど、日常風景も印象的に収められているが、「ハーディ作品の素晴らしいところは、個々の登場人物の人生を取り囲む背景をパノラマ的に見せていることです。彼らがどういう状況で生きているのか、ハーディの小説ではきちんと描かれています。私もその美点を活かしたかった。だから、トリシュナとジェイが生きている環境がどんな様子なのかを、常に観客に提示したかったのです」と映像の見せ方にも、ハーディからの影響を受けたことを明かしてくれた。

●フリーダ・ピントの起用について
トリシュナに扮するフリーダ・ピントが出ずっぱり状態の本作。『スラムドッグ$ミリオネア』(08)で注目を集め、最近では『ミラル』(10)、『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』(11)、11月公開の『インモータルズ 神々の戦い』(11)にも出演し、躍進ぶりが目覚ましいインド出身の女優だ。
彼女の起用について「フリーダ以外には考えられなかった」とウィンターボトム監督は熱を込めて語った。フリーダ一筋で「オーディションなど、他の女優に会うこともしなかったんです」。その理由として「トリシュナの魅力は外見の美しさ。ジェイは彼女の外見に惹かれ、夢中になるけれど、互いの内面について知らず、違いが次第に露わになって溝が深まってしまいます。本作は、あくまでもトリシュナの物語。ベストな俳優がほしいと思っていましたが、フリーダの美貌は完璧」と絶賛。確かにフリーダの美貌を拝むにはもってこいの作品で、彼女のファンにはたまらないだろう。

ただ、『ミラル』でのフリーダは、自分の意見をしっかり主張する女性の役だった。本作はその真逆で、トリシュナは自分から意見を発信することはない。本作と『ミラル』との落差ぶりに驚いたファンもいるのではないか。
「確かにトリシュナは受け身の人です。起こったことに対して反応するけれど、自分のことは主張しない。だから、彼女は何を考えているんだろう・・・と観客にイマジネーションを喚起させることが必要だし、そう思いたくなる演技を、フリーダは『トリシュナ』では披露してくれました」と、監督はフリーダの演技の幅の広さにも手放しで誉めた。

また、ジェイ役のリズ・アーメッドは、ウィンターボトム監督とは『グアンタナモ、僕達が見た真実』(06)に続いて2度目の仕事となる。
「ジェイ役は非常に難しい役柄です。トリシュナと恋に落ちる頃は観客に好感を与えなければならないのに、最終的には悲惨な結末を迎えても仕方がないなと思わせる必要があります。リズとは『グアンタナモ』で一緒に仕事をしていますし、彼のことはよく分かっていました。だからリズがこの役に最適と思いました」と語ってくれた。

10月26日の上映後のティーチインに臨むウィンターボトム監督 (c)2011 TIFF

●サッカーは、ブラックバーン
さて余談のなかで、サッカー好きの筆者としては、(本作の話から逸れるが)ウィンターボトム監督に質問したいことがあった。監督の初期作品『GO NOW』(95)は、ロバート・カーライル扮するサッカー選手の物語だったので、それに関連して好きなサッカーチームはどこか?と敢えて訊ねてみたところ、「ブラックバーン」と即答が(出身がブラックバーンなので、予測はしていたが・・・)。現在チームはイングランド・プレミアリーグの下位に低迷(10月23日時点でリーグ最下位)、監督も「非常に残念」で、その理由を「オーナーが良くない」からと、バッサリ。ちなみに苦笑しながら「今のブラックバーンのオーナーはインド人で、今回の『トリシュナ』との縁を感じてしまったよ」。
映画を語る監督の表情は真剣そのものだったが、サッカーの話題では柔らかな表情を見せてくれたことも、とても印象的だった。

深い人間洞察には定評があり、硬派な社会派から古典、ヒューマンドラマ、SFまで、幅広く作品を世に送り出しているウィンターボトム監督。最近では、元オアシスのリアム・ギャラガーが企画を持ちこんだ、ビートルズ映画の監督に決定したことが話題となった。今後もどんな作品を見せてくれるか、期待したいと思う。

取材・文:富田優子

〈プロフィール〉
マイケル・ウィンターボトム Michael Winterbottom
1961年3月29日生まれ。英国ランカシャー州ブラックバーン出身。オックスフォード大学で英文学を専攻し、その後別の大学に入り映画製作を学ぶ。『バタフライ・キス』(95)で映画監督デビュー。『イン・ディス・ワールド』(03)でベルリン国際映画祭金熊賞受賞、『グアンタナモ、僕達が見た真実』(06)でベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞。その他の代表作:『GO NOW』(95)、『日陰のふたり』(96)、『ウェルカム・トゥ・サラエボ』(97)、『ひかりのまち』(99)、『めぐり逢う大地』(00)、『24アワー・パーティ・ピープル』(02)、『マイティ・ハート/愛と絆』(07)、『キラー・インサイド・ミー』(10)など。

▼第24回東京国際映画祭▼
日時:平成23年10月22日(土)~30日(日)
公式サイト:http://2011.tiff-jp.net/ja/


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