【TIFF】失われた大地
※『故郷よ』のタイトルで、2013年2月9日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー!
(第24回東京国際映画祭・natural TIFF部門)
これは、チェルノブイリの事故と、その10年後を描いた作品である。実際にチェルノブイリ近郊で撮影されたというのがすごい。映画は事故が起こる一日前、1986年4月25日から始まる。川では、多くの人が釣りを楽しみ、あるいは舟遊びをし、あるいは、女たちが羊毛を洗う作業をしている様子が映される。森には鹿が悠然と歩き、空には渡り鳥が群れをなして飛んでいる。豊かな自然、平和な暮らしがそこにある。男の子が父親といっしょにリンゴの木を植えている。「動物には名前がつけられるけれど、木には名前がないのは、みんなのものだからだよ」自然と共に生きてきた人たちの考え方が、父親の子供に対する言葉に表れている。
こんな豊かな大地が、原発の事故で死の大地になってしまう。怖いのは、爆発が起こって、一瞬でだめになるのではなくて、人々が気付かない間に刻一刻と汚染が広がっていくことだ。事故当日は土砂降りの雨が降っている。軍が出動し、道を封鎖しているが人々には何が起こったかは伝えられない。折しも街では、アーニャ(オルガ・キュリレンコ)とピョートル(ニキータ・エムシャノフ)の結婚式が行われている。アーニャにとっては、人生で一番の日になるはずが、最悪の日になってしまうとはこの時にはまだわかっていない。雨上がりの風にあたって、なんと気持のいい日だろうと、結婚式に集まった人たちがしゃべっている。その間にも川では魚が浮き始め、森の木は葉が枯れ、小動物が野原で死んでいる。放射能は目に見えない。気付かぬ間に真綿で首を絞められるようにして、自然が壊れ、人の身体を侵されていくというところが怖い。
消防士のピョートルは、結婚式の途中で呼び出され原発に行き、二度と帰ってくることはなかった。アーニャが病院に運ばれた彼に会おうとすると、それは拒絶される。「彼は大量の放射能を浴びて人間原子炉になっているのよ。彼に会えばあなたまで被曝して死んでしまうわよ」なすすべもなく、病院の外のバス停で「放射能」の雨に濡れるがままベンチに横たわるアーニャが痛ましい。
10年後、アーニャは再び原発のあるプリピャチ市に戻ってくる。チェルノブイリ原発事故を知るためのバスツアーのガイドをし、自分の体験談を話している。彼女にはフランス人の恋人がおり、結婚しパリに行くことを誘われているのだが、なかなか踏ん切りをつけられない。髪の毛がごそっと抜けるなど健康被害が出始めているのだ。彼女には、例え行ったとしても、子供は産めないだろうし彼を不幸にするだけというのが薄々わかっている。それよりは、自分を知る人たちと共に過ごし、人々に自分の体験を話し続け、この地に居続けることのほうが、心の平安が得られるようにも思える。このふたつの気持に彼女の心は揺れ続けている。
一方、あのりんごの木を植えた男の子は、今は高校生になっている。事故の後別れた父親は行方不明になっている。母親はすでに死んだものと諦めているが、彼には諦めがつかない。父親を探すために、ツアーから離れ、今ではすっかり荒れ果てた元の自宅に戻って父へのメッセージを残してくる。父親はといえば、事故後精神を病んでしまったようで、永遠に着くことがない、今は閉鎖されてしまったプリピャチ駅をめざし、鉄道やバスに乗り続けている。事故は、家族の絆さえも切り裂いてしまったのだ。
確かに、プリピャチ市の市民たちは、事故後しばらく経ってから別の街に移住させられ、今では放射能の危険が及ばない場所で生活している。しかし、避難のときには、またすぐ帰れますと言われたため、思い出の品も持ちだせずに、家を出てきてしまっている。それは、物質的な面だけではなく、心までも置いてきてしまったことを意味する。また、避難指示が遅かったため、1990年頃から子供に病気が発生している。それゆえ、事故の傷は、時を経て癒されるどころかむしろ徐々に広がっている。それでも彼らは、故郷への思いを捨て去ることができず、その周辺でないと生きてはいけない。その気持が痛いほどこちらに伝わってくる。この作品を観ていると、原発事故の怖さは、その時よりもその後であることを痛感させられる。事故が起きて半年以上過ぎた日本は、これを教訓にすることができるのだろうか。今のところとてもそんな風には見えないところが、また辛いところである。
おススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦
▼『失われた大地』作品情報▼
監督・脚本:ミハル・ボガニム
出演:オルガ・キュリレンコ、アンジェイ・ヒラ、ヴァチェスラフ・スランコ
制作:2011年/フランス=ドイツ=ポーランド/113分
原題:Land of Oblivion[ LA TERRE OUTRAGEE ]
▼「第24回東京国際映画祭」▼
期間2011年10月22日(土)~10月30日(日)
六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
映画祭公式サイト:第24回東京国際映画祭公式サイト
2011年10月29日
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2011年10月31日
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2011年10月31日
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