【TIFF】クリスマス・イブ
(第24回東京国際映画祭・アジアの風部門)
夏に開催された三大映画祭週間2011で観た『キナタイ‐マニラ・アンダーグラウンド‐』の貧しい人々の暮らしもフィリピンなら、本作『クリスマス・イブ』の裕福な家族の生活もまたフィリピンである。これはブルジョアジー家族、大きな家に住み一見素敵な家族に見える彼らの、なんともお粗末な家庭内トラブルを描いた作品である。
冒頭は、クリスマス・イブの行事から始まる。ヨセフとマリアが宿泊先を探してベツレヘムの街に入り、結局泊めてくれるところもなく、飼い葉桶でキリストを出産するまでを、ヨセフ役の男性とマリア役の女性が歌で語り、その後にキャンドルを持った群衆が続き、教会までの道を練り歩くというものである。途中屋台なども出ていて、中には食い意地のほうが勝った不届きな人たちもいるのも面白い。こうした珍しい風俗が観られるのもまた、映画の魅力である。参加しているのは、比較的裕福な人たちのようだ。貧しい子供たちはどうしているかといえば、道路で、あるいは家々を巡りながら、クリスマスの施しをしてもらうため練り歩いている。その辺りをちらりと見せるあたりに、この映画の立ち位置がきちんと出ている。
さて、一家がこの行事に参加している間に、家には泥棒が入っていた。さまざまなものが盗まれていて、彼らはそれを巡って争いを始めてしまう。このアイデアが秀逸である。もし、泥棒に入られた経験のある方が読者の中にいらっしゃったとしたらおわかりになると思うが、往々にして、これは家族の喧嘩に発展してしまうものなのである。「あなたが日頃ちゃんとしまっていないから盗まれたのだ」こんな風に。もちろん家族に非があるはずはなく、悪いのは泥棒に決まっているのだが、それだけに怒りの持っていきようがなく、こういう結果になってしまう。人間とは面白いものである。
姉が弟に貸していたパソコンが盗まれたことで、姉は弟のずぼらさをなじり、兄弟げんかが始まる。家の権利証が盗まれたことは、家族の全員が父親に対してある疑念を抱かせる。すなわち、権利証は盗まれたのではなくて、ギャンブル好きの父親が借金をし、抵当に入れてしまっているだけなのではないかと。貸している家の賃料が盗まれたこと、これはずぼらな息子に母親がお金を銀行に預け入れるように頼んだところ、彼がそれを怠り、引き出しに入れっ放しにしていたことによるものなのだが、夫が家にいたにも関わらず妻がわざわざ息子にお金を預けたことをもって、いかに彼女が彼を信用していないかが露呈してしまう。ただ唯一、アメリカから娘を連れて帰郷していた一番上の娘だけは、盗まれたものが家族に買ってきたお土産だけなので無関係のはずだった。けれども、父親に権利証借金担保の疑念をはっきりとぶつけたところから喧嘩になり、逆に彼女がいかに身勝手に生きてきて、かつ今のアメリカでの夫婦生活もかなり危ういものであることが暴露されてしまう。楽しいはずのクリスマス・イブの食卓はこうしてひとりひとりと抜けていき、そして誰もいなくなってしまう。後の始末は、もちろん家族の誰でもなく、ひたすらこき使われても、従順に黙々と従っていた家政婦である。
このように、家族の争いの元がすべて物やお金がらみであること、そこにブルジョアジーへの皮肉が見て取れる。また、クリスマスとは、クリスマス・ツリーの下にプレゼントを置き、家族団欒みんなでプレゼント交換をするいわば「愛の日」である。よりによってこの日に、家族それぞれのお互いの心の中に隠していたはずの不満が大爆発してしまうこと、ここにこの家族の偽善、言いかえればブルジョアジーの偽善が、格別に強調されることになっている。
追記…作品への不満を言うなら、それは音が悪いことである。度々音が割れるのも気になるし、CDの音楽を聴いているのだか、劇中音楽が流れているのだかはっきりしないような録音にも、残念なものがある。映像にも若干メリハリがないような。技術的なものなのか、それともフィルムが悪いだけなのかはわからないが、映画としての魅力を減じてしまったことは否めない。
おススメ度:★★★☆☆
Text by 藤澤 貞彦
▼『クリスマス・イブ』作品情報▼
監督:ジェフリー・ジェトゥリアン
脚本: ポール・サンタアナ
出演:ティルソ・クルーズ三世、ラケール・ビラビセンシオ、ジェニファー・セビラ
制作:2011年/フィリピン/86分
原題:Bisperas
▼「第24回東京国際映画祭」開催概要▼
期間2011年10月22日(土)~10月30日(日) 9日間
六本木ヒルズ(港区)をメイン会場に、都内の各劇場及び施設・ホールを使用
映画祭公式サイト:第24回東京国際映画祭公式サイト
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