【三大映画祭週間】キナタイ‐マニラ・アンダーグラウンド‐

これはフィリピン版「闇の奥」である!

キナタイ

© Swift Productions 2009


2009年カンヌ国際映画祭監督賞 

マニラの朝は、とてつもなく騒々しい。警笛を鳴らしながら、ひっきりなしに行き交う自動車と二輪バイクの群れ。その間を縫って露天の屋台を引いていく人たちがいる。車も人も決して真っ直ぐ前に進むことはできない。それでいて、事故が起きることもなく、まるで何かの法則にでも従っているかのように、人々はちゃんと各々の道を進んでいく。裏通りに入ったころにある、主人公ベッピングの家は3階くらいに位置する。その窓から下を見下ろすと、ゴミの山と、崩れそうな屋台のトタン屋根があるばかり。とても狭くひどくゴミゴミしている。

確かに人々の生活は貧しい。けれども、彼らはこの狭い空間を忙しげに動き回っている。また、そんな空間的な特性もあってか、都会には珍しくそこには会話もある。とにかく猥雑なのだが、それらすべてが街全体の活気になっている。その熱気、エネルギーがスクリーンから溢れだし、ただただ圧倒させられた。その点、イラク映画『バグダッドの陽光』に出てくる街が、貧しいだけでなく活気もなかったのとは対照的と言える。

ベッピングは、簡素な結婚式を挙げるのだが、そのための資金がない。そこでギャングと繋がりのある友人からお金を借り、代わりに闇の仕事を手伝うことになってしまう。それは、ギャングから多額の借金をしている娼婦を拉致し、どこかへ連れて行くことだった…。

これはフィリピン版の「闇の奥」(『地獄の黙示録』の原作)である。マニラの街はジャングル。川は、道に置きかえられる。ジャングルを進むにつれ森が深くなり、次第に暗くなっていくのと同様、ワゴン車に乗って闇(ギャング)の世界へ進むにつれ、マニラの街は次第にその顔を変えていく。突然出現するギャングたちの経営する歓楽街、(「日本語でOKです。日本人歓迎」の看板が見えるのが、複雑な気持ちにさせられる)ここで、娼婦を連れ去り、高速道路に乗ると、今までの雑然とした世界は完全に消滅する。賑やかなのは、時折ワゴン車と前後して走るパトカーのみである。さらに高速を降り郊外へと向かうと、静寂が支配するようになってくる。バス停の終着駅の僅かな灯りは、ここで文明が終わりになってしまうかのような心細さがある。ここから先、ギャングのアジトへの道は暗く、すれ違う車もなくなり、それゆえに地獄への道という感覚がある。

キナタイ2

© Swift Productions 2009

 この行程と同時に、主人公の心模様もさまざまに変化していく。引き返したい気持と先に進みたい気持。そんな気持ちがないまぜになっているのが見て取れる。途中、何度その場から逃げようとしたことだろう。新妻と赤ん坊が待っている我が家の光景を何度思い浮かべたことだろう。けれども恐怖心からそれは叶わない。現に、娼婦に対しての暴力は次第にエスカレートしていく。どうも彼らは、女を殺すつもりらしい。車で犬をはねても、何も感じていない男たち。彼らは殺しのプロの集団だから当然としても、主人公ベッピングもまた、もはや何も感じなくなってしまっている。

彼を支配していたのは、恐怖心だけだったわけではない。なぜなら彼は見なくてもすむのに、わざわざ暴力、暴行が行われている現場を陰から覗き見している。好奇心もまた彼の心を支配していたのである。このことは、恐怖と好奇心が表裏一体のものであることを示している。女を憐れみ逃がしてやりたい気持と、放っておいて何が起きるのか見届けたい気持、相反する気持ちが彼の心の中に同居している。優しさと残酷さ、人間の心の奥の複雑さをこの作品は、これでもかというくらいに観客に見せつける。そういう意味で、この作品の一晩の行程は、マニラの闇の世界への旅というだけでなく、人間の心の闇への旅にもなっているのである。この作品をフィリピン版の「闇の奥」と感じたのは、そういうことだったのだ。本作は、2009年カンヌ映画祭で物議をかもした作品の1本(もう1本は『アンチクライスト』)で、かなり衝撃的な映像も含まれているが、監督賞を受賞している。

オススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦



キナタイ3

© Swift Productions 2009

2009年カンヌ国際映画祭監督賞
監督:ブリランテ・メンドーサ
出演:ココ・マルティン、フリオ・ディアス、マリア・イサベル・ロペス
2009年/仏・フィリピン/ヴィスタ/110分
原題:KINATAI





▼「三大映画祭週間2011」開催概要▼
日時:平成23年8月13日(土)~26日(金)
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷他(全国順次)
公式HP:http://sandaifestival.jp/


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