【TNLF】精霊の島

アメリカ文化への憧れと反発、そしてアイスランドの未来

精霊の島ぬかるんだ道を、そこには不釣り合いなアメ車が走っていく。道の傍らには小さな泥の水溜り。これはアイスランドの戦後を描いた作品だ。「アメリカ兵は戦争が終わってもまだここに居座っていやがる」「でもドイツを追い出してくれたのだから」こんな会話が劇中で交わされている。敗戦国でもないのに、アメリカに対して負い目があるかのような、複雑な思いがこの会話に滲み出ている。その点が、日本とも共通点があるようで興味深い。時代は1950年代、この頃にはまだ、米軍が残したバラックに住んでいた人々がいた。ただ、それも間もなく壊される。戦後独立したアイスランドが、自国の発展に向けて動き出したのが、この時代なのである。

そういう意味でこれは、狭間を描いた作品であると言えよう。旧時代と新時代の狭間、アメリカへの憧れと反発の狭間である。このバラックの住人で物語の中心となる家族は、それを描くのにすべての条件が揃っていると言える。旧時代の象徴は、祖母カロリナと夫のトマス。カロリナは、悪魔の気配を感じるという不思議な霊能力を持っている。キリスト教というよりは異教徒的で、アイスランドの土着の文化を体現している存在だ。夫トマスは、チャップリンの物真似が得意、よく働き、家族や隣人を大切にする。彼らの娘ゴゴは、アメリカ人と結婚、この家にアメリカを持ち込んでくる。その息子ふたり、バディとダンニは対照的だ。愛想がよくて祖母から可愛がられるバディは、アメリカ文化にかぶれていく。一方、大人しく要領の悪いダンニは、いつも皆から笑われ、狭い部屋をあてがわれている。彼はアメリカには関心がないようである。

時間が経つにつれ、そのふたりの関係が逆転していく。バディは、アメリカから帰った直後は、物珍しさから皆かにチヤホヤされるが、次第に自分の居場所を失っていく。「彼が靴を磨くとろくでもないことが起こる」アメリカ=酒=悪魔…家族のアメリカへの憧れは、反発へと変化していく。反対に、いつもないがしろにされ、自分の憧れの女性まで兄に持っていかれてしまうという境遇にいたダンニは、飛行士になり、遭難した人を救う仕事に就き、家族の英雄になっていく。地面に這いつくばる兄と、大空を自由に飛び回り、飛び去っていってしまった弟。彼らは、時代の狭間の申し子たちである。

アイスランドの新しい歴史を担うのは、もうひとりの娘ドリーの幼い息子ボボだ。悪魔に連れ去られそうになったものの、祖母の不思議な力で生還してきたボボは、戻ってきたときには、イタリア語でオペラが歌えるようになっていた。ヨーロッパの文化が彼の血の中に入り込んだのである。また、彼はそうした奇跡をおこしたという点で、祖母の血を深く受け継ぐと同時に、祖父の勤勉をも引き継いでいく予感もある。それは、アイスランドの進むべき道を指し示しているようにも思えるのである。いわばこの作品は、バラックの住人たちの姿を借りた、独立後のアイスランド国民心情の歴史となっているのである。

Text by藤澤 貞彦
オススメ度★★★★★



▼作品情報
【原題】Djöflaeyjan/英題:Devil’s Island
【監督】フリドリック・トール・フリドリクソン
【出演】シギュルヴェイ・ヨンスドッティール/ギスリ・ハルドルソン/バルタザル・コルマキュル/ スヴェイン・ギェイルソン
1996年/ アイスランド・ドイツ・ノルウェー・デンマーク/99分


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