【フィンランド映画祭2011】「ラップランド・オデッセイ」ドメ・カルコスキ監督インタビュー:本国No.1ヒット作は愛すべき“ダメ男”賛歌

ドメ・カルコスキ監督

ムーミンやサンタクロースが住み、白夜やオーロラに包まれたおとぎ話のようにメルヘンチックな場所――と思いきや、ノキアに代表される精密機器やハイセンスなデザインを生み出す力を持っている。およそこれらが、ごく一般的に日本人がフィンランドという国に対して抱いているイメージではないだろうか。10月2日(日)~7日(金)の日程で開催されている「フィンランド映画祭2011」では、そんなイメージをより多面的なものにしてくれる作品たちが上映されている。オープニング上映された『ラップランド・オデッセイ』は、“フィンランドの今”が詰まったロード・ムービー。昨年本国でナンバーワンのヒットを記録した同作を携えて来日したドメ・カルコスキ監督にお話をうかがった。

自信を持てない男性たちへ
主人公のヤンネは失業中。恋人から「デジタルチューナーを買ってきて」と渡された50ユーロを友だちとの酒代に使ってしまう。怒った恋人から「翌朝までに買ってこなければ別れる」と言い渡されたヤンネは、200キロ離れた街までチューナーを買いに行くことに。『ラップランド・オデッセイ』は、どうひいき目に見ても所謂“ダメ男”な3人組に襲いかかる災難と成長を笑いたっぷりに描くコメディだ。

カルコスキ監督は、この脚本づくりになんと4年もの時間を費やしたという。それは「ただのコメディではなく、人間らしさを組み込みたいと思った」から。次から次へと騒動が巻き起こるストーリーだが、エピソードはどこから着想を得たのだろうか?

「大半はフィクションですが、例えば主人公の3人組は私と脚本家の身近にいた人がモデルです。本当に楽しいコメディは実際の生活からとったものが圧倒的に多いんではないかと思っています」

カルコスキ監督は、作品の設定についてこうも説明してくれた。

「フィンランドは極めて男女平等な国であるにもかかわらず、機械を修理する仕事、ビデオカメラやデジタルチューナーを購入する仕事、それは今でも全部男性の役割だとされています」

主人公は、この“男性の役割”を果たすことができないことを恥じつつも、何かと口実をつけてはチューナーを買わない(買えない)でいる。

「数百年もの長い間、まずスウェーデンに支配され、その後ロシアに支配されてきたため、自分たちに自信がない」と監督が分析するフィンランド人の国民性。ましてや、主人公は失業中ときた。そんな男の“情けなさと憂うつ”をそこはかとない可笑しみに包んで疾走する『ラップランド・オデッセイ』は、自信を無くした男性たちにエールを送る映画でもあるのだ。

映画を包むメランコリーの理由

『ラップランド・オデッセイ』

コメディでありながら、登場人物がやたら悲観的であったり、ブラックなユーモアが随所に散りばめられている本作。「フィンランド人はそもそも、メランコリックな部分と逞しさを兼ね備えている」と監督は言う。

「メランコリックなのは、とにかく日照時間が短いことが一番の要因でしょうか。もう一つ、フィンランドで信仰されている福音ルーテルというキリスト教の宗派は常に自分が罪深さを意識して、それを悔い改めなければと考える。責任を感じる必要のないことにまで、罪の意識を抱きます。現代の人々は、昔ほど信仰心が強くありませんが、かわりに貧富の差が生まれました。そうすると、裕福な人に対する嫉妬の気持ちがまた暗いメランコリーにつながっていくようです」

映画の舞台であるフィンランド北部のラップランド地域では、若い男性の失業率が50%に達しているという。確かに憂うつな気分が蔓延してもおかしくない数字だ。監督は続ける。
「フィンランド人は、小さな物事に対して喜びを感じなくなってしまっているという気がするのです。日々生きていること、健康であること、小さな喜びはいっぱいあるはずなのに、それに気がつかない」

厳しい社会環境にありながらも、本作の登場人物はみなそれぞれに成長していく。この映画を通じて伝えたかったメッセージとは?

「私自身は典型的なフィンランド人ではありません。(両親から受け継いだ)スウェーデンやアメリカの血、(出生地である)キプロスの影響があってとても楽観的な人間です。ですので、前向きに生きていこうというメッセージを入れたいと思いました。楽観的であると同時に、私は現実的な人間でもあります。実際に主人公と同様、働かないで生活していた人を何人も知っていますが、何かをきっかけにしてその人の人生が変わっていくところも幾度となく見てきました。あきらめないで頑張ればなんとかなるのです」

若い才能が元気なフィンランド映画界

舞台挨拶にて。ザイダ・バリルート監督(中)と駐日フィンランド大使館のミッコ・コイヴマー参事官(右)

本作は2010年のフィンランドで最大のヒットを飛ばした。観客からはどのような反応で受け止められたのだろうか。

「フィンランド・アカデミー賞(Jussi Awards)で実際に観客が選ぶ“観客賞”を受賞できたのが一番のリアクションだと思います。また、フィンランドでは人気のある映画でも、公開第2週になるとマイナス20%ぐらい動員が落ちていくのが普通です。でも、本作の観客数は第1週目が4万3000人、2週目もまったく変わらなかったのです(ちなみにフィンランドの全人口は約530万人)。ということは、通常下がる20%の部分を、口コミが引き上げたということでしょう」

男性をメインターゲットにしていたと明かすカルコスキ監督だが、意外な反応が得られたとか。

「驚いたことに女性からのリアクションが非常によかったのです。フィンランドでは、映画の主人公もそうであるように、事実婚のカップルが非常に多い。口で言っても聞いてくれないパートナーが、この映画を一緒に観ることで変わってくれるんじゃないかなということで、女性にも好評でした」

フィンランド版『ハングオーバー』ともいえるハチャメチャなコメディに、フィンランドの諸事情を組み込んだ本作。ラップランドの雪景色やオーロラなど、外国人のわれわれが見ても「これぞイメージ通り!」な描写と社会問題が絶妙にブレンドされていて楽しめるが、フィンランドの観客には小さな幸せと勇気を与えたに違いない。

「フィンランドでは昨年250本程度の映画が公開されましたが、そのうち自国映画は23本とおよそ10分の1。しかし、フィンランド映画の興行収益は全体の27%を占めたのです。フィンランド人は自国映画が好きだといえますね。今まではアキ・カウリスマキ以外にあまり(特筆すべき)映画監督がいなかったのですが、最近は30~40代の監督がどんどん増えて、“今のフィンランド人”に向けての映画を製作している。非常に良いことだと思います」と、カルコスキ監督は語る。ご自身も今後のフィンランド映画界を背負って立つ一人として、次回作はどんな作品を構想しているのだろう。

「フィンランドの英雄マンネルヘイムという人物について映画を作りたいと思っています。ほかにも色々なプロジェクトがあって、そのうちの一つには日本が大きくかかわっています。モデルの世界についての映画です」

実現すれば、私たち日本人にとって、フィンランドをより身近に感じられる作品がまた一本増えることになる。

「自分は典型的なフィンランド人ではない」というカルコスキ監督。だからこそ、一歩離れたところから的確に国の実情をとらえ、作品に反映することができるのかもしれない。今後の活躍に注目したい。

『ラップランド・オデッセイ』は、10月4日(火)と6日(木)のそれぞれ19時からも上映が予定されている。詳細は公式サイトまで http://eiga.ne.jp/finland-film-festival/

【取材・文、撮影:新田理恵】

<ドメ・カルコスキ監督プロフィール>
1976年キプロス共和国出身。5歳でフィンランドに移住。「Beauty and the Bastard」(05)で長編映画デビュー。「The Home of Dark Butterflies」(08)は米アカデミー賞外国語映画賞フィンランド代表候補に選出された。昨年の本映画祭で『禁じられた果実』(原題:Killetty Hedeima)が上映されている。

▼『ラップランド・オデッセイ』作品情報▼
原題:Napapiirin sankarit
監督:ドメ・カルコスキ
脚本:ペコ・ペソネン
出演:ユッシ・ヴァタネン、ヤスペル・パーッコネン、ディモ・ラヴィカイネンほか
2010年フィンランド映画/上映時間=94分

▼フィンランド映画祭2011 開催概要▼
期間:2011年10月2日(日)~10月7日(金)
会場:角川シネマ有楽町

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)