TESE

人間にとって“国”とは何だろう~サッカー北朝鮮代表チョン・テセ選手のドキュメンタリー~

見る者に大きな感動を与え、愛されている国際的なスポーツのひとつ、サッカー。同時にサッカーは、世界で最も政治色が濃いスポーツであると思う。それゆえに代表選手は本人の意思はともかく、「国」を背負うことの意味合いが、他のスポーツ選手よりもより強いと感じる。スポーツと政治は別物であるという大原則があっても。

そういうサッカー界で、北朝鮮代表チョン・テセ選手の立ち位置は極めてセンシティブだ。彼は在日コリアン3世で、日本生まれの日本育ち。父親は韓国籍だが、母親の強い希望で朝鮮学校で教育を受けてきたため、本人は北朝鮮を祖国としている。相当複雑なバックグラウンドだ。本作は、サッカーを通して、チョン・テセという一人の若者の抱える苦悩を描いたドキュメンタリー。彼が何を感じ、何を考えたのか、それに肉薄するために撮影期間は1000日にも及んでいる。

本作のなかで、元韓国代表パク・チソン選手(マンチェスター・ユナイテッド)が「アジアの枠を超えているストライカー」と評するように、テセ選手の才能は、多くのファンが認めているところだ。サッカー選手としてより上を目指したいという思いは、選手ならば誰もが抱えていることだろう。だが、テセ選手はそれだけではなく、常に自らのバックグラウンドと否応なく対峙する姿が描かれている。

「韓国でも北朝鮮でも日本人扱い。だが日本で暮らしていても、日本人扱いでもない」「日本代表への憧れはある。だからこそ日本に勝ちたい。自分が日本人ではないという劣等感がある」。これらのテセ選手の言葉はとても重い。日本で日本人として育った人間には、テセ選手が感じてきた孤独感や劣等感を理解しろ、と言ってもなかなか難しい。何よりも人間が他人の気持ちを完璧に理解することは、到底ムリだと思うからだ。

だが、せめて、その苦痛や孤独を感じ、気持ちを寄せ、近づこうとすることはできる。テセ選手がなぜ「茨の道」である北朝鮮代表の道を選んだのか、そして昨年の南アフリカW杯ブラジル戦での国歌斉唱の際の涙の理由について、これまでメディアで伝えられてきたことだが、この映画を観ることによって、テセ選手の思いがより強く伝わってくる。本作は、例えばテレビのドキュメンタリー番組のように、観ている者の気持ちを盛り上げるようなナレーションや音楽はない。ゆえにかえって、テセ選手の思いがシンプルだが、ストレートに伝わってくる。それは本作の特筆すべき点で、映画の作り手側がテセ選手の気持ちに、限りなく寄り添おうとしていることが窺える。

テセ選手が背負っているものの重さに、観ている側も苦しくなる。そして、人間にとって「国」とは何だろう、という、極めてシンプルかつ難しい疑問に突き当たるのだ。その明確な答えは、映画では導き出されていない。それは我々にとっても「国」について考える、いい機会であると思う。サッカー映画であるが、サッカーの枠を超えている本作。サッカーファンはもちろんだが、むしろサッカーに関心が薄い人にも観て頂きたいと思う、ヒューマン・ドキュメンタリーである。

オススメ度:★★★☆☆
Text by 富田優子

《プロフィール》
鄭大世(チョン・テセ)
1984年名古屋生まれ。在日コリアン3世。ドイツブンデスリーガ2部・VfLボーフム所属。サッカー北朝鮮代表。愛知朝鮮第二初級学校4年生の時にサッカーを始める。朝鮮大学校蹴球部を経て、2006年Jリーグ・川崎フロンターレに入団。2007年6月東アジア選手権2008予選大会において、北朝鮮代表として初選出され、得点王の活躍でチームの本大会出場に貢献。本選では、日本戦、韓国戦で得点を挙げる活躍を見せた。2009年6月には、北朝鮮代表として44年ぶりW杯出場を決めた。2010年W杯南アフリカ大会出場。W杯後、現所属のVfLボーフム(ドイツ)に移籍し、2010-2011年シーズンのホーム開幕戦で2得点を挙げる活躍を見せた。

▼作品情報▼
■監督:姜 成明
■製作:萩尾裕茂 小曽根太 川村英己 ■プロデューサー:楠智晴 内田英治 ■編集:新田憲太郎 ■整音:三浦哲男
■企画協力:Evolution Inc. ■製作:東京さくら印刷/ロード・トゥ・シャングリラ/エイチ・ケイ・リミテッッド
2011年/日本/カラー/85分/HD撮影
©2011「TESE」製作委員会
公式サイト:http://chongtese.net/
11月26日(土)~12月9日(金)TOHOシネマズ川崎にて先行ロードショー。12月10日(土)から渋谷アップリンクにて公開。他全国順次公開。

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    […] 今回の上映作品として発表されたのが、今年 20 回目の開催を迎える J リーグを記念して、あの懐かしの『Jリーグを100 倍楽しく見る方法!!』や北朝鮮代表・鄭大世(チョン・テセ)選手のドキュメンタリー映画『TESE』、YFFFでの上映がジャパン・プレミアとなる『モンテビデオ-夢のワールドカップ-』、国内劇場未公開作品『二人のエスコバル』、『テヘラン、25 時』など、YFFFだけでしか観られない作品が目白押しだ。そして、観客リクエストによる『オフサイド・ガールズ』(ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞作)もあわせて上映することとなった。上映作品の詳細については、下記を参照いただければ幸いだ。  【上映作品】 『TESE』 監督:姜成明 日本/ドキュメンタリー/85 分/2011 出演:鄭大世(チョン・テセ) 舞台:ワールドカップ・南アフリカ大会、Jリーグ、独ブンデスリーガ 「韓国、北朝鮮、日本。故郷はいっぱいあるけど自分にはホームがない・・・」多くのファンが代表にと願った大型FWが選んだのは日本でも韓国でもなく北朝鮮だった。複雑な運命を背負いゴールを目指すテセを3年半にわたって密着したドキュメンタリー。貴重な北朝鮮代表チームの密着映像も必見。 ©2011「TESE」製作委員会 ★作品レビュー:サッカー北朝鮮代表チョン・テセ選手のドキュメンタリー映画「TESE」人間…  […]

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