【YFFF】「アイ・コンタクト」サッカー映画であり、社会派ドキュメンタリー映画であり、娯楽映画であり

(ヨコハマ・フットボール映画祭上映作品)
本作は、2009年9月に台北で開催された第21回夏季デフリンピック(ろう者のための国際総合競技大会)に初出場した、ろう者女子サッカー日本代表チームの姿を追うドキュメンタリー映画である。だが、大会期間だけ選手に密着した内容ではなく、彼女達の職場や学校、家族への取材も行い、日本におけるろう教育の変遷や現状にも着目している。

なので、サッカーの試合のシーンはなかなか出てこない。映画の前半は主に選手達へのインタビューで構成されていて、彼女達の苦労や困難な出来事が語られる。例えば、電車の遅延のアナウンスが聞こえなくて困ったという類の日常生活の話から、健常者とは違うということで周囲からいじめにあったことなど(補聴器を取り上げられたこともあったという)。また、ろう学校では人前では恥ずかしいという理由で手話が禁止されていたこともあるなど、なかなか窺い知れない事柄が明かされていく。

ここまで読んで下さった方は、彼女達が重苦しい状況にあるように思われるかもしれない。だが、インタビューに答える彼女達はとても明るい。いじめに遭った話もあっけらかんとした雰囲気で、手話で話してくれる。もちろん、笑って話せる心境に至るまで、辛いことや腹立たしいことも数多くあったことは、察するに余りある。だが、彼女達は現状を受け止め、人生を楽しんでいることが映画からは伝わってくる。なぜなら彼女達の表情が、そして目が、生き生きと輝いているからだ。そんな彼女達が、初めてのデフリンピックでどんな戦いを見せてくれるのか。インタビューの場面を観ているうちに、自然と期待が膨らんでくる。

だが、現実はそう甘くなかった。メダル獲得を目標に掲げたものの、日本チームは大会序盤でイギリス、ロシアといった強豪に連敗し、苦しい状況に直面する。フィジカルで海外勢より劣っているのは、試合の様子を見たら一目瞭然だった。彼女達がその劣勢を挽回しようと徹底したのが、「アイ・コンタクト」。守備の連係が上手くいかず、失点続きのDF陣にGKは「DFが自分にどうしてほしいのかちゃんと教えてほしい。自分もDFにどうしてほしいのか伝える。ただ思っているだけとか、願っているだけではダメ。ちゃんとコミュニケーションをとろう」とハッパをかける。それを契機に、選手がボールだけではなく、仲間を見て、自分の意見を伝えることを意識するようになる。

日本チームは残りの試合で、「アイ・コンタクト」を徹底し、力の限り戦う。失点しても顔を下げないで、周りを鼓舞する。初戦と最終戦とでは、明らかにプレイの質が変化していた。コミュニケーションがきちんととれるようになるだけで、こうも違うものなのかと驚かされる。観ている側も、得点シーンには思わず「よっしゃー!」とガッツポーズ!選手達と一緒に戦っているような錯覚にまで陥るほど臨場感に溢れていて、試合の展開にドキドキ、ハラハラさせられる。そして何よりも、彼女達の音のないグラウンドでの挑戦は、果敢で清々しく、まぶしいほどに輝いていた。それはつくりものではなく、ドキュメンタリーならではの本物の輝きだった。

人が「この映画を観たい」と思うきっかけは様々だと思う。例えば、その映画のジャンルが好き、出演している俳優が好き、映画をつくっている監督が好き、映画の舞台になっている都市が好き、(伝記ものであれば)主人公に興味がある・・・などだろうか。
だが、本作に興味を持つ理由は、大きく分けて次の2つだと思う。1つは、サッカーが好き、もう1つは、ろう者への関心や理解を深めたいという動機。サッカーとろう者、これらは健常者の普段の生活では、なかなか結びつかない事柄のように思える。今回のヨコハマ・フットボール映画祭(YFFF)で本作のチケットを購入された皆さんは、どちらかと言えば前者の理由で観ようと考えている方が多いのかもしれない。

本作では、この2つの組み合わせが絶妙にブレンドされている。YFFFで期待されているような、血湧き肉躍る「サッカー映画」としての要素も十分に満たしているし、ろう者の悩みや社会の問題点を掬い上げる「社会派ドキュメンタリー映画」としても成り立っている。しかもそれは、「ろう者に対してこうあるべき」という上から目線の押し付けではなく、観ている人が自然と何かを感じ取れるようなものだ。同時に、ろう者に関心があり、サッカーそのものには興味がなかった人も「サッカーってすごいんだね」と、その魅力に気づいてくれるかもしれない。だから、観る動機はかけ離れていても、誰もが素直に「面白かった」という感想を共有できる娯楽映画としても仕上がっている。

もう1つ、筆者の心に響いたのが、選手達が試合中に徹底していた「コミュニケーション」だ。彼女達は「アイ・コンタクト」でコミュニケーションを図っていたが、どんな方法であれ、他者とのコミュニケーションは人間関係を円滑に進めるうえで最も基本的なことと改めて気づかされた。意外に人の目を見て話すことって難しい。もちろん、多少の照れもあるけれど、相手の目を見ないことは、相手と真摯に向き合っていない、もしくは自分の心を閉ざしていることと同じなのかも。
コミュニケーションがもう少し上手くとれていれば、仕事などで「あの失敗は防げたかも・・・」とちょっぴり後悔したこともある。これは仕事だけではなく、友情や恋愛のシーンにおいても大切なことだ。自分も一歩踏み出して、周りの人とより丁寧なコミュニケーションを図りたいな・・・と、そんなことも考えさせられた映画だった。

TEXT by:富田優子
オススメ度:★★★★★

監督:中村和彦
出演:ろう者サッカー女子日本代表
2010年製作/日本/ブルーレイ/107分
公式サイト:http://www.pan-dora.co.jp/eyecontact/
© 2010 アイ・コンタクト製作委員会

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