【YFFF】「クラシコ」樋本淳監督インタビュー:映画からは“日本人の底力”が感じられると思います
(ヨコハマ・フットボール映画祭上映作品)
本作は、日本のサッカー・地域リーグ北信越ブロックでしのぎを削り、なおかつ、同じ長野県を本拠地とするAC長野パルセイロ(以下、長野)と松本山雅FC(以下、松本)の対決、いわゆる“信州ダービー”を描いたドキュメンタリーだ。この2チームは常に地域リーグの上部組織「日本フットボールリーグ(JFL)」への昇格を目指し、常に激しく熱く対立してきた。それはサッカーだけのライバル関係にとどまらず、明治初期の廃藩置県にまで遡り、県庁所在地等を巡る長い因縁の歴史の所以でもあるという。
ただ映画では、サッカー選手や試合そのものの対決を中心に捉えているのではない。長野と松本、それぞれのチームを熱烈に愛するサポーターの物語だ。3月12日の劇場公開を前に、2月19日のヨコハマ・フットボール映画祭(YFFF)で先行上映され好評を博した。今回、YFFFの機会を利用して、本作の樋本淳監督にお話を伺うことができた。
――本作は信州ダービーを扱った映画で、その存在は長野県以外の人には恐らくあまり知られていないと思います。ですが、サッカーと苦楽を共にする地域の人々の熱い思いが伝わってきたドキュメンタリーでした。今回、YFFFで上映されることが決まり、前売券は数日前に完売したと伺いましたが、そのことについてどう思われますか?
樋本淳監督(以下樋本):サッカー映画が興行的に難しいことは、本作の平澤大輔プロデューサーに言われ続けていました。また、AC長野パルセイロのフロントに映画製作の打診に伺った際、「チームをタダで宣伝してもらえるのだからウチ(長野)としては問題ありませんが、そんな映画を誰が観るんでしょうか?」と言われたくらいだったんですよ(笑)。ですので、YFFFでの前売券完売や、ネット上でも映画に対するリアクションもあったようで、少し驚いています。――しかも本作はサッカーの選手や試合というよりは、サポーターに密着する形式の映画でした。
樋本:当初、サポーターやフロントが中心の映画のつもりではありませんでした。でも撮影しているうちに、サポーターやフロントに物語が集約され、次第にテーマが絞られてきました。本当はサッカーの試合の様子も4カメ、5カメと回していたのですが、最終的に試合のシーンは少なくなってしまったんですよ。試合の展開を追うよりも、試合を応援しているサポーターが一喜一憂している様子を多く捉えたつもりです。
――本作を撮ろうと思った動機を教えて下さい。
樋本:サッカーライターの宇都宮徹壱さんの著書「股旅フットボール」を読んだのがきっかけです。それで地域リーグの物語を映画の素材として考えた時に、まず宇都宮さんとお話しました。その際、彼から初めて信州ダービーの話が出てきて、興味を持ったのです。ダービー自体もそうですが、日本サッカー界から見れば因縁浅からぬ相手、バドゥさん(※)が長野の監督をされていたことがとても面白いと思いました。
(※)バルディエール・“バドゥ”・ビエイラ氏。1997年11月16日、サッカー日本代表がW杯初出場を決めた際(いわゆる「ジョホールバルの歓喜」)、対戦相手のイラン代表監督だった。2006~2009年までAC長野パルセイロの監督を務めた。――撮影は2009年、ほぼ1年かけているという長期間の撮影であり、試合の結果やJFLへの昇格争いの決着がどうなるのか分からない、まさに筋書きのないドラマだったと思います。苦労した点などを教えて下さい。
樋本:とにかくサッカーはやってみなければ分からない、ということが分かりました(笑)。地域リーグが全試合終了した時点では長野も松本も、どちらのチームも地域リーグの優勝を果たせず、昇格できない状況でしたし。それと、松本サポーターの、私達に対するガードが当初は固かったんですよ。彼らは今までJFLに昇格できずに涙に暮れているようなシーンばかりをマスコミに撮られてきたので、取材はもう懲り懲り!という思いが強かったみたいですね。ですので、私達のカメラを彼らの中に入れることが、なかなかできなかった。でも次第に入れてくれるようになって。心を開いてくれたんでしょうね。もちろん、私達に慣れてきたこともあったと思います。長い間密着していましたし。「あ、またいるの?」みたいな感じで(笑)。
――松本サポーターとして登場する居酒屋のご主人まるちゃんですが、映画では相当目立っていましたが・・・。
樋本:本当にその通りです。まるちゃんの存在が大きくて、彼が主役といっても過言ではない。地方の飲んだくれのオヤジさんが主役の映画なんて、滅多にないですよね。彼との出会いは、本当に偶然でした。2年ほど前(映画の撮影前)に松本を訪ねたのですが、宿泊したホテルの裏にまるちゃんのお店があったんです。映画を撮ろうと思っても、私は松本というチームを、実際に自分の目で見たことがありませんでした(YouTubeも今ほどメジャーなツールではなかったし)。でも、そこで彼が熱烈な松本サポーターであることを知り、松本の試合のDVDを見せてくれて、一晩で松本の歴史を勉強しました(笑)。先程もお話した、長野のバドゥ監督とまるちゃんが揃った段階で、彼らが映画の核になるだろうという手応えを感じました。
――映画のバックに映る、信州の山並みや空の青さなど自然の風景がとても印象的でした。
樋本:四季の移り変わりをカメラに収めることを重視しました。映画のなかで日本の風景も描きたいと考えていたからです。こうした自然の風景が収められるのは、都心の地域リーグにはない、地方の長所の1つだと思います。それにサッカーは、足でボールを扱うスポーツですので、どうしても視線が下に向きがちになってしまう。だからこそ意識して自然の背景を入れるように心がけました。本当は山肌に積もる雪など、冬の景色があれば最高だったんですけどね。そうすれば春夏秋冬、全ての季節の景色を収められたんですが・・・。2009年は暖冬のため降雪が少なく、雪の風景を撮れなかったことが残念でしたね。――実は本作は昨年3月に3週間ほど松本市で公開されたそうですが、お客さんの反応はいかがでしたか?
樋本:(映画でも描かれている通り)劇的な形で松本がJFLへの昇格を決めたので、劇場側からも「映画を早く上映してほしい」という要望もあり、反響も大きかったです。劇的なシーンを見て、再び感動する人が多かったみたいですね。
――安めぐみさんをナレーションに起用されていますが、彼女の起用のきっかけは?
樋本:この映画、おじさんの怒号が飛び交うシーンが多いですよね。ここで力の入った男性のナレーションを使うよりは、女性のほうが癒しや安らぎを感じられて、お客さんの耳に無理なく入ってくるのでは、と考えました。そこで平澤プロデューサーがいろいろと交渉して下さって、嬉しいことに安さんが引き受けて下さいました(笑)。彼女も普段のイメージとは違う声の雰囲気でやって頂いたので、エンドロールを観るまで安さんの声だと分かる人は少なかったようです。
――これから映画をご覧になる皆さんに、ここは特に観てほしい!等のメッセージがあればお願いします。
樋本:当初、自分が想定したものよりも元気の出る映画になっていると思います。この映画を撮り始めたのはリーマンショックの直後で、景気もよくありませんでした。でも今だって景気が回復しているような実感はない。それに東京など都市部の人達には全体的に諦めムードが漂っているように思えて仕方がないんです。1月のサッカー・アジア杯の時、日本代表の長谷部誠キャプテンが「日本の底力を見せることができた」と話していたことが、とても印象的でした。彼の言うような「日本人の底力」がこの映画に登場する地方の人達にはあると思います。ぜひ多くのお客さんに観てもらいたいです。
――ありがとうございました。
(追記)
樋本監督は横浜F・マリノスのファン。昨季まで横浜マに在籍していた元日本代表・松田直樹選手が、今季から松本へ移籍したのも不思議な巡り合わせのように感じた。奇しくも取材当日(2/19)の朝日新聞朝刊に、松本での松田選手の再挑戦の記事が掲載され、インタビューの合間もその話題で盛り上がった。
取材・文:富田優子
〈プロフィール〉樋本淳(ひもとじゅん)
1964年埼玉県生まれ。多摩美術大学卒業後、映像制作会社に勤務。その後、フリーランスの映像ディレクターに。企業のPRビデオ、市販ビデオ、音楽プロモーションビデオ、TV番組等を200〜300本演出。2002年のワールドカップを楽しむために、すべての仕事を一度辞め、ワールドカップ終了後に、映像制作会社「ジーシーピクチャーズ」を設立。長編映画、ドキュメンタリー映画ともに、「クラシコ」が初挑戦。神奈川県鎌倉市在住。
▼作品レビュー▼
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▼作品情報▼
『クラシコ』
監督:樋本淳、プロデューサー:平澤大輔、出演:AC 長野パルセイロ/松本山雅FC、ナレーション:安めぐみ、音楽:OGRE YOU ASSHOLE
2010 年製作/日本/97 分/HDV、配給・宣伝:ブラウニー
公式サイト:http://www.clasico-movie.com/
Twitter:http://twitter.com/ClasicoSupport
©クラシコ製作委員会2010
2011年3月12日より池袋シネマ・ロサ、吉祥寺バウスシアターにて公開(全国順次公開)
2011年3月8日
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2012年2月18日
[…] (追記) テヘランの街で歓喜に湧く人々のなかで、代表監督のビエイラ氏の名を叫ぶ人も出てくる。バルディエール・“バディ”・ビエイラ監督は、その後2006~2009年までAC長野パルセイロの監督を務め、昨年のヨコハマ・フットボール映画祭(YFFF)で上映された『クラシコ』にも登場(参考記事はこちら)。個人的には本作とYFFFとの縁を一層感じてしまうような場面だった。 […]
2013年9月4日
[…] そして、この方、『松本山雅劇場 松田直樹がいたシーズン 』という著書もおありです。 映画クラシコの監督樋本淳さんは、この映画を撮ろうと思った動機について 「サッカーライターの宇都宮徹壱さんの著書「股旅フットボール」を読んだのがきっかけです」と、語っていらっしゃるではありませんか。(リンク) […]