【FILMeX】オールド・ドッグ(コンペティション)
(第12回東京フィルメックス・コンペティション作品)
先月開催された東京国際映画祭の中に、チベットを舞台にした『転山』という作品があった。これは台湾人の監督によるチベットで、その土地の魅力が充分に伝わってくる良作であった。本作は、チベット人によるチベットを舞台にした作品で、まるで違ったこの土地の顔が見られる点がとても興味深い。ここは、観光客が訪れないチベット、山脈の狭間に位置する高原地帯(多分、蔵北高原のどこかで撮影されたと思う)、牧畜地が広がる地域である。ここにも“中国”による開発の波が押し寄せている。町のメイン通りはまだ未舗装で、時には羊の群れが行き交うし、馬で町に乗りつける人もいるのだが、その中を建設現場の大きなトラックが我が物顔に通り過ぎて行くのが印象的である。チベットには、伝統的な牧羊犬チベッタン・マスチフという種がいるとのことであるが、老人が飼うその老犬を、勝手に息子が町に売りにきてしまったところから物語は始まる。彼いわく、「犬の盗難が頻発している今、どうせ盗まれるのだったら売ってしまった方がいい」と。犬の盗みが横行する背景には、ペット・ブームによる犬の値上がりという事情がある。
老人は、一旦業者に売られた犬を、甥の警察官まで使って強引に取り戻すのだが、それは「13年にも渡って育ててきた大切な犬」という意味だけではない。彼は何度もこんなことを言う。「犬を都会の人たちが飼ってどうする」「犬は牧畜をする人間たちにとっては、大切な宝だ」そして、犬を業者に売ることに熱心になっている近隣の若者に苦言を呈する。「お前の父親は、犬を何頭も育てた立派な人だったのに、情けない」と。
何度も、老人の元に商談が持ち込まれ、犬の価格は最初の3,000元から2万元に跳ね上がる。2万元といったら、大卒のサラリーマンの1年分の給料に相当する額だ。それでも彼は売ろうとはしない。犬を扱っている業者が“王(ワン)さん”と、中国(漢民族)で最も多いと言われる姓の持ち主であるところがミソだ。業者が漢民族の人なら、買っていく人たちも、裕福になった都会の中国人たちなのだ。そこに老人が自分の犬にこだわった意味がある。チベッタン・マスチフは、チベット人たちが何世代にも渡って苦労して育ててきた犬。それゆえに、老人にとってそれは、チベットの魂そのものなのである。町に漢民族の人たちが入ってきて、開発が進み、暮らしが変わろうとも、自分たちの魂だけは彼らには売り渡さない。それが民族の誇りである。
魂が盗まれるくらいだったら…最後の衝撃的な結末には、そうした老人の悲痛な決意が感じられる。また、老人の息子には跡取りが生まれない。今では純血種が少なくなっているというチベッタン・マスチフと同じように、チベット人もまた伝統を守ることが難しくなってきているという、監督の危惧がそこに反映されているようにも思える。ちなみに、チベット人の思いが集約されたかのようなこの辛い、けれども素晴らしいラスト・シーンは、本国では差し替えられているという。確かに、これでは中国の検閲は通らないだろうし、それどころか当局から睨まれること必至である。作品の根本に関わる部分だというのに。
おススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦
【Q&A】
ここからは、作品のラストに触れていますので、ご注意ください。
—–監督は小説家でもあるのだが、この作品については原作があったのか
「これはオリジナルの脚本です。まず思いついたのは犬の悲惨な結末です。それからロケハンをしていきました。そして町とか、放牧をしている場所とかを選んでいったのですが、その中に犬を置いてみてストーリーを組み立てていきました。その町で色々な人に会いストーリーを組み立てていったのです。撮影には40日間かかりました」
—–この作品は、結末があまりにも衝撃的であったため、会場の質問はそこに集中する。
「老人にとって、あの犬は本当に友人だったわけですね。最終的にはあのような方法でもって解決したわけですけれども、老人にとっては、それが唯一の方法だったのです。それが彼の置かれた現実だったわけですよね。
犬が死んだ後の、その後の長回しの意味なのですが、それはそれまでのシーンと比較して画面の構図がかなり違うと思います。それまではかなり抑圧されたような、圧縮されたような画面構成でしたけれども、このシーンは、広々とした風景が広がっています。そこを老人が歩いていくわけですけれども、それは老人にとっても犬にとっても一種の解脱であったと思っています。現実が彼をそうさせてしまったのです。チベットは90%が仏教を信じているわけですからあのような行為というのは、仏教の理念に反するわけですよね。だから決して犬を殺すなんてことはできないというといことがまずあるのですが、現実の前には、そうせざるを得ないという、残酷な結論だったわけです」
—–結末に至るまでのそれを暗示するシーンについて
「ブローカーは前後3回登場するのですけれども、ブローカーの登場によって、次第にラスト・シーンへと導く目に見えにくい圧力をもって最後に引っ張っていくという暗示をしています。山羊が1頭群れから離れて、鉄枠の外に出てしまい、必死に戻ろうとしているシーンですが、あれは偶然1頭だけが離れてしまったのです。奇跡的に撮れた映像です。あの山羊は、まるで老人と犬を見送るかのように走ってきたわけですよね。そういう意味であの山羊の出現は、犬の結末を暗示しています。ですから私は偶然撮れたあのシーンをこの結末と結び付けてそのまま置いておくことにしたわけです」
取材 藤澤 貞彦
▼『オールド・ドッグ』作品情報
監督・脚本:ペマツェテン
製作:サンジェジャンツォ
撮影:ソンタルジャ
出演:ロチ
制作:2011年/中国/88分
▼第12回東京フィルメックス
期間:2011年11月19日(土)〜27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇 有楽座
公式サイト:www.filmex.net
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