【FILMeX】CUT(特別招待作品)

真の映画とは何かを問う、映画狂の詩

第12回東京フィルメックス特別招待作品
第68回ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門オープニング作品

情熱はこれほどまでに痛みを伴うものだったのか。
芸術映画を敬愛して止まない一人の男が“真の映画”を守るため、現在の腐敗した映画界に一石を投じる。巨匠たちの名作シーンとともに、不屈のシネフィル魂が炸裂する本作品は、イラン出身のアミール・ナデリ監督と俳優の西島秀俊が芸術映画の祭典・東京フィルメックスで出会い、意気投合したことで誕生した。

秀二(西島秀俊)は映画を自主制作しながら、商業映画の波に埋もれないよう定期的に名作映画の上映会を開催している。その資金は兄から借りていたのだが、ある日、兄は借金のトラブルが原因でヤクザに殺されてしまう。秀二に残されたのは後悔と懺悔の日々、そして莫大な借金だった。期間内に借金を返済するため、秀二は“殴られ屋”を始めるが・・・。

とにかく殴られまくる秀二。観ているこっちが痛くなるほどで、それは私にとって『ファイト・クラブ』(99)以来の衝撃だった。西島秀俊の端正な顔がどんどん変形していくのだが、ナデリ監督は「かつての日本映画にあった身体性を取り戻せ」と言ったそうで、その言葉に応えるかのように殴られても殴られても立ち上がる。その姿は、商業映画やシネコンと闘い続ける芸術映画を象徴しているのだろうか。だが、そんな彼も無抵抗というわけではない。芸術映画の価値を叫び、シネフィル上映会を続けるのだった。例えば、新藤兼人監督の『裸の島』(60)の上映の時は、「日本のモノクロのシネマスコープの中で最も重要な作品の一つです」といった感じの解説をするのだが、淀川長治や水野晴郎のような名解説者を想起し、ジンとくるのは私だけではないだろう。

クライマックスで紹介される100本の名作タイトルはフレデリック・ワイズマンの『福祉』(75)から始まるが、その中には相米慎二やタル・ベーラ、ニコラス・レイなど、今年の東京フィルメックスで紹介される監督の名も登場する。劇中で秀二は「真の映画とは何かを考え、作り続けている監督がいる。彼らの映画を映画館に観に行ってください」と訴えるが、ちょうど明日(10/19)から始まる東京フィルメックスは、本作『CUT』をはじめ数多くの芸術映画を紹介している。真の映画に触れられるだけでなく、ナデリ×西島のようなコラボレーションを目の当たりにできる絶好のチャンスだ。この機会を見逃すことなく、ぜひ劇場で映画熱を体感してほしい。

Text by 鈴木こより

▼『CUT』作品情報
12/17(土)、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次ロードショー!

監督:アミール・ナデリ
出演:西島秀俊、常盤貴子、菅田俊、でんでん、鈴木卓爾、笹野高史
制作:2011/日本/119分
配給:ビターズ・エンド
公式サイト:www.bitters.co.jp/cut
(c) CUT LLC 2011

▼第12回東京フィルメックス
期間:2011年11月19日(土)〜27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇 有楽座
公式サイト:www.filmex.net

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    […] (特別招待作品・緊急追加上映) 今回のフィルメックスで、私は中国映画を4本観る機会に恵まれたのであるが、表向きの経済的豊かさとは裏腹に、色々な矛盾が噴き出す大国といったイメージが目に焼き付けられた。『オールド・ドッグ』の少数民族の尊厳の問題、『ミスター・ツリー』の家族の絆、地域社会の分断、そして先行きの不透明感。一見、元気な中国の現在を感じさせる『我が道を語る』にしても、その製作意図が、自信を失った若者たちに前向きになってもらいたいという願いを込めたという話を聞くにつけ、複雑な気持がしたものである。 その中でも、『人山人海』は、中国が抱える負の部分につき徹底的に焦点を当てた作品で、その内容はかなり衝撃的なものであった。中国における経済成長は、格差を前提に成り立っているということを知ったつもりにはなっていたが、実際に映像で見せられると、その深刻さには打ちのめさせられてしまう。 最初に殺人事件が起こる。バイクタクシー強盗である。場所は、貴州省の村落。山に囲まれ、車一台しか通れないような道がうねうねと続いている。確かにバイクのほうが、行き交うのには便利である。男は、ほとんど人が通らない山の上のほうまで乗車していき、一服火をつけて油断したところを、後ろからナイフで一突き、お金を奪って逃走する。 犯人は、被害者の兄ティエ(チェン・ジェンビン)と同じ村の若者だった。その家の貧しいこと。崩れそうな屋根、隙間だらけで、新聞紙で風除けをしている壁。犯人の母の食べる食事は、トウモロコシを石臼で引きお湯を入れたものと、野菜だけの粗末なものである。被害者の兄ティエの家は、許可を受けないで石切りをしていたこともあってか、家畜もたくさんいるし、テレビも家にあるのだが、こことても石切場で同僚に大けがを負わせたその賠償金の支払いに苦慮している。農家は、自給自足はできても、現金収入はなかなか得られるものではない。 元来、貴州省というところは、中国でもっとも貧しい地域と言われている。山ばかりで平らな土地がほとんどなく、産業が発達しない。気候も厳しく、農業の生産性は低い。劇中犯人の特徴という部分で、漢民族ということが言われていたが、それは少数民族が多い地域だからである。 犯人がなかなかつかまらず、業を煮やしたティエは、ひとりで犯人探しの旅に出ることになる。そもそも犯人が潜んでいそうな場所は、都会の裏通りや、素情を示さなくても働くことができるもぐりの炭鉱のようなところになってしまうので、この旅自体が、中国の裏通りのツアーといった様相を呈してしまう。貴州省から工業都市重慶の場末へ。貴州省から山西省のもぐりの炭鉱へという風に。 重慶に同郷の人を訪ねていってみれば、彼は覚醒剤の売買で辛うじて食いつないでいる状態である。ふたりで探しまわる貧民街には、ひとりやっと寝られるくらいの広さしかない小部屋が無数にあり、そこに家族が身を寄せ合って暮らす現実が示される。おそらく彼らは農村に籍を置いたまま、都会に定住した都市貧民と言われる人たちであろう。貧しい貴州省と重慶は実は隣同士、それゆえ皆こちらに流れてきてしまうのだ。貧民街から見える高層ビルの一群は、どこか他の惑星のようでさえあった。具合が悪くなった友人に変わって覚せい剤を取りに行ったティエは、警察に見つかり逮捕されてしまうのだが、ワイロを渡すことによって釈放される。これも一説には、年間六兆円とも言われるワイロ収入があるという中国ならではの光景である。また、犯人探しには、いちいちお金を渡さなくては事が運ばないのも、この国のいびつさが反映されたものだ。 しかしながら、この貧民街に衝撃を受けていたのでは、まだまだ甘いのである。山西省のもぐりの炭鉱の悲惨さは想像を絶するものがある。高層ビルが富の象徴なら、地下奥深くに潜る炭鉱の作業現場は、底辺の中の底辺の象徴といった趣がする。狭いタコ部屋で寝起きする人たちは、お互いに口を聞く人もなく、そこに笑顔はない。作業に出て行く人たちの群れは、まるで家畜かなにかのようである。そこでは、殺人が起きても驚く人が無く、誰もが無表情に働いている。この場面は、時間にすると15分から20分くらいであったのだろうか、映画はこの間台詞もほとんどないまま、暗い炭鉱と、薄暗いタコ部屋を往復するのみである。重苦しい空気が場内を包み、永遠とも思えるような時間が流れて行く。ティエは、ここで犯人を探しながら仕事をするのであるが、彼自身の内面にも徐々に変化が表れて行くのがわかる。人をそこまで追い込んでいくこの環境とは一体なんなのだろうか、考えざるを得ない。その挙句、最後は衝撃的で不幸な結末を迎えてしまうのだから救いが無い。彼が最後にひとりの少年を救ったことも、もはやなんの慰めにもならず、ひたすら絶望的な気持ちに襲われてしまう。これだけの闇を抱えた中国の経済発展は、どこかで行き詰るに違いない。それを確信してしまわざるを得ない作品である。 おススメ度:★★★★☆ Text by 藤澤 貞彦 ▼『人山人海』作品情報 監督:ツァイ・シャンジュン 脚本:ツァイ・シャンジュン、グー・シャオバイ他 撮影:ドン・ジンソン 出演:チェン・ジェンビン、タオ・ホン、ウー・シウボー 原題:People Mountain People Sea/人山人海 制作:2011年/中国・香港/91分 ▼第12回東京フィルメックス 期間:2011年11月19日(土)〜27日(日) 場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇 有楽座 公式サイト:www.filmex.net ▼関連記事 ・【FILMeX_2011】「これは映画ではない」それでも映画を作りたい!~イラン映画界の不幸な現実~ ・【FILMeX_2011】「ミスター・ツリー」それでも、樹はそこにありつづける。 ・【FILMeX_2011】「ムサン日記~白い犬」脱北者の眼差しに憂慮すべき社会のありようを見る ・【FILMeX_2011】「オールド・ドッグ」チベッタン・マスチフ(犬)に込められた民族の誇り ・【FILMeX_2011】「ニーチェの馬」鬼才タル・ベーラ監督が最後の作品で描きたかったテーマとは? ・【FILMeX_2011】「グッドバイ」モハマド・ラスロフ監督の祖国イランへの落胆の物語 ・【FILMeX_2011】「CUT」 真の映画とは何かを問う、映画狂の詩 […]

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