【FILMeX】ムサン日記~白い犬(コンペティション)

脱北者の眼差しに憂慮すべき社会のありようを見る

(第12回東京フィルメックス・コンペティション作品)

北朝鮮から中国を経由し、韓国の首都ソウルにやってきた青年スンチョル。同じ脱北者であるギョンチョルの家に居候しながら、時給の安い仕事で何とか食いつないでいる。そんな彼の心の拠りどころは、捨てられていた白い犬との触れ合いであった…。
 
脱北というと、北朝鮮の困窮した生活から抜け出し、新たな人生に希望を見出して暮らしているようなイメージがあった。しかし、それは全くの認識違いだった。彼らを待ち受けているのは、同じ民族でありながら、疎外され、差別され、嫌がらせを受けるシビアな現実。韓国ではすべての市民に住民登録番号が付与されており、そのナンバリングによって「脱北者」であることが分かる仕組みになっている。就職の面接でも、信号無視をして警察に捕まっても、事あるごとに登録番号を聞かれる。つまり、一生その番号からは逃れられない、脱北した過去は消せない、ということだ。働こうにも、時給4000ウォン(約300円)というような安い仕事しか回ってこない。命を懸けて「南」にやってきても、地を這うような生活が続いていく。

昼も夜も真面目に働けど困窮し、人々に理解されず、見出した希望の光も悉く捻りつぶされてしまうスンチョル。一方、彼と対照的なのが友人のギョンチョルだ。スンチョルを自分のアパートに住まわせ、服を貸してやり、NIKEのダウンジャケットを買ってやるなど、いろいろ面倒をみてやるのだが、なぜ彼だけがそんなに潤っているのか? 実はギョンチョルは中国にいる闇ブローカーの叔父と結託し、脱北者の北への送金を援助し、彼らから高額な手数料を得ていた。同郷者の思いを利用し金をせしめる。弱者はさらなる弱者から搾取するという構図なのだ。

傍から見ていると、同じ民族でありながらなぜこんなことを、と思うかもしれない。しかし、それは日本だって同じではないかと思う。「ワーキング・プア」と言う言葉はまだ死んではいないだろう。働けど働けど生活は楽にはならないし、安定は望めない雇用情勢。いつも自分のことに必死で他人を思いやる暇などない。そして、ヤミ金融や詐欺などの被害にあうのは、いつだって弱者。弱者はさらに弱者から搾取する…負のスパイラルはどの国や地域でも同じ。これは決して、脱北者を抱える韓国特有の問題ではないのだ。

本作のスンチョルも、格別裕福な暮らしをしたいのではない。ごく普通に、まっとうな生活を送りたいだけだ。でも、そのためには何かを犠牲にしなければならない。祖国、家族、友人、心…。本作は、その現実を容赦のない厳しさで我々に突き付ける、痛みを伴った映画だ。

なお、主人公スンチョルは、監督・脚本・主演を務めたパク・ジョンボムの亡くなった友人がモデルとなっており、本作は彼に捧げられている。

オススメ度★★★★☆
Text by 外山 香織

▼作品情報▼
製作・監督・脚本・主演:パク・ジョンボム
英題:The Journals of Musan
韓国 / 2010 / 127分
2012年初夏、シアター・イメージフォーラム他にて順次公開予定

▼第12回東京フィルメックス▼
日時:平成23年11月19日(土)~11月27日(日)
会場:有楽町朝日ホール、東劇、TOHOシネマズ日劇他
公式サイト:http://filmex.net/2011/

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