【三大映画祭週間】夏の終止符

北極圏の気象観測所、男たちに訪れた悪夢とは・・・

夏の終止符メイン

© Koktebel Film

北極海に浮かぶロシアの小島、ふたりの男が気象観測のため駐留している。季節は夏、明るくなったり薄暗くなったり、日の沈まない白夜の大地。遠くまで遮るものもなく、空と海と大地が溶け合っている。雲は、頭上を通り過ぎて行くのではなく、東から西へとたなびき流れていく。圧倒的な大自然。けれども、ここは例えば、アラビアのロレンスが初めて砂漠に立ったときの、あの穢れなき美しい世界とは程遠い場所であることにまもなく気がつく。それどころかこの世界は汚れている。岬には測量技師がクマにやられた後、放置され荒れ放題になった施設が残る。少し離れた場所には、おびただしい数のドラム缶が打ち捨てられている。さらには、400レントゲン(=約4000ミリシーベルト)もの放射線を放つ、オリンピックで使われていた聖火台のような不思議な工作物まで存在する。
 
こんな環境の中、ふたりの男は交代で定時に観測記録を取り、無線で本部に報告を入れている。セルゲイ(セルゲイ・プスケパリス)はもう中年だ。仕事に忠実だが、ある意味古いタイプの人間である。一方この夏、ここにやってきたパベル(グレゴリー・ドブリギン)は、まだ大学を卒業したてで、まだその気分が抜けていないような若者だ。いつもヘッドフォンをして自分の世界に入り込んでいる。普段からパベルに対してまるで乱暴な父親のように振る舞うセルゲイと、それにビクビクしているパベル。ある日、セルゲイはパベルに観測をまかせて、鱒釣りに出かけた。そんな折り本部からセルゲイ宛に悪い知らせが届く。ところが、パベルは帰ってきた彼にそれを伝えられない。留守の間の観測記録がでっち上げであることがバレ、こっぴどく叱られたこともあり、そのタイミングを逸してしまったのだ。この出来事から、ふたりの関係にさらなる緊張感が生まれ、やがて物語はとんでもない方向へと転がっていく。銃を向けあった二人の行末は…。

 ふたりの男の生活ぶりはとても侘しい。肉を切り茹でただけの貧しい食事、雑然とした室内、針金に干された靴下、寝起きするベッドの硬さ、使い込んだ観測器具、細部に至るまでリアリティがある。それにも関らず、この作品を観ていると、現実の出来事というよりは、悪夢を見ているような感覚に襲われてしまう。なぜなら、描写自体は自然なのに、不条理なことが多すぎるのだ。この島になぜ400レントゲンもの放射線を放つ工作物が置かれていなければならないのか。彼らは一体何を観測しているのか。なぜこの時代にテレビやラジオもなく、建物が建てられたという1935年当時と変わらぬ生活をしているのかなど。

夏の終止符1

© Koktebel Film

逆に現代を感じさせるものは、パベルの服装、時計、ウォークマン、パソコン、テレビ・ゲームである。遠くに僅かに見える敵を機関銃で殺していく戦争ゲーム。このゲームの舞台には、いたるところに放射能の罠があり、強い放射線を浴びるとそこでゲームオーバーになってしまうらしい。またしても放射能だ。

もしかしたらこの作品は、現代のロシア人の心の風景を反映しているのかもしれない。ユングの夢分析は夢の断片を組み立てて深層心理を探るものだが、この作品は逆に現実の断片から悪夢を作り上げたのではなかろうか。ソビエト時代を知っている人間と、知らない人間とのギャップ。若者の脅迫観念と、新しいものを受け入れられない世代の人間の苛立ち。信頼しあえない人間関係。物質的には豊かにはなったとはいえ、全体的には楽にならない暮らし。見えない敵との意味のはっきりしない戦争。チェルノブイリの悪夢などなど。物語の断片を現実に当てはめていくと、不条理な部分もなんだか納得がいくのである。逆に言えば、ある意味現実世界がいかに不条理なもので溢れているかということにもなるのではあるが。

オススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦



夏の終止符2

© Koktebel Film

2010年ベルリン国際映画祭銀熊賞(男優賞)/銀熊賞(芸術貢献賞)
監督:アレクセイ・ポポグレブスキー
出演:グレゴリー・ドブリギン、セルゲイ・プスケパリス
2010年/ロシア/ヴィスタ/124分
原題:HOW I ENDED SUMMER



▼「三大映画祭週間2011」開催概要▼
日時:平成23年8月13日(土)~26日(金)
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷他(全国順次)
公式HP:http://sandaifestival.jp/


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