裏切りのサーカス

ゲイリー・オールドマン(の皺)、コリン・ファース(の気品)、マーク・ストロング(の頭髪)に注目

ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、トム・ハーディ、ジョン・ハート、トビー・ジョーンズ、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチ・・・と名だたる英国俳優そろい踏みの本作は、東西冷戦下の英国情報局秘密情報部MI6(サーカス)のスパイ達の物語ながら、『007』や『ミッション:インポッシブル』シリーズとは一線を画している。アクションやドンパチは一切なし。老スパイ・スマイリー(ゲイリー)に、サーカス内に潜んでいるソ連の二重スパイを捜せという密命が下るのだが、息をひそめ、手に汗握るような心理戦&頭脳戦が淡々と展開されていく。

本作は、二重スパイ捜しが主題ではなく、犯人捜しの結末の果てに透けて見えるもの――人間が抱える闇や弱さ――を描いたものだ。そのような展開に、極上の緊張感を味わえる反面、物語の起伏に乏しいし、派手さはないし・・・で、物足りなさを覚える人もいるかもしれない。だが、それで敬遠してしまうのはもったいない。なぜなら前述のとおり、とにかく渋い英国俳優のオンパレード。彼らをじっくりチェックできるのも、この映画の醍醐味だと思う。

最大の注目は主役のゲイリー・オールドマン。今年2月のアカデミー賞授賞式の際、プレゼンターのナタリー・ポートマンから「初ノミネートだなんて信じられない」と紹介されたように、本作で初のオスカー候補となった彼だが、ギラギラした悪役を演じてきた印象があまりにも強い。『ハリー・ポッター』シリーズのシリウス・ブラック役や『バットマン』シリーズのゴードン刑事役などは割と温厚な役柄ではあるものの、『レオン』(94、ナタリーと共演)や『フィフス・エレメント』(97)などの個性的でキレまくっていたキャラは、鮮烈だ。

そんなゲイリーが、本作では一転、寡黙で無表情。エキセントリックさを封印している。だが、額にくっきりと刻み込まれた皺(何本あるか数えられるくらい)と輝きが失われた瞳から、スパイの孤独と苦悩を語る。渋さの極みだが、ゲイリーの俳優としての力量の高さを、改めて思い知らされる。オスカー候補にあがったのも納得だし、今までのぶっ飛んだキャラではなく、感情を抑えに抑えた演技を絶賛されたことが、ファンとしては嬉しい。

またコリン・ファースは、『シングルマン』(09)や昨年のアカデミー賞を受賞した『英国王のスピーチ』(10)でも見せた品の良さを、本作でもいかんなく発揮。仕立ての良いスーツをさらりと着こなし、優しい笑顔は観る者の心をときめかせる。だが、その滲み出る気品も、複雑な人間関係の前では軽薄で空虚で悲しげに映る。出演する作品によって気品を使い分けできるなんて、さすがオスカー俳優、コリンだからこそ可能な芸当だと思う。

その他、トム・ハーディやベネディクト・カンバーバッチなど、今後期待のイケメン俳優も好演し、目の保養となっているが、注目すべき人物としてもう一人挙げるならば、マーク・ストロング。ある人物に対する愛憎に決着をつける場面が秀逸だ。彼の一筋の涙に、スパイ達の悲哀が凝縮されていて、心に重く響いた。
ただ一方でマークの禿げ上がった頭髪に、目が釘付けになってしまうのも事実。これは役作りなのか、素なのか判断に苦しむところだが、筆者的には役作りという線で、スパイの懊悩によりハゲ・クライシスになった設定だと信じたい。少々やり過ぎの感はあるが、マークの徹底した役作りの賜物ということで、賞賛したい。

本作の場合、物語の展開を堪能するのが、王道ではある。また、ジョン・ル・カレの原作小説との比較を心待ちにしている人もいるだろう。でも、ちょっと脇に逸れて俳優チェックという楽しみ方もできる。ゲイリーの皺、コリンの気品、マークの頭髪・・・は、物語の展開に直接関わっているわけではない。しかし、これらをそれぞれの登場人物が纏うことで、レベルの高い作品に仕上がっていることに気持ちが盛り上がる。そのような細部に注目してみるのも、一興かと。

オススメ度:★★★★☆
文:富田優子

▼作品情報▼
監督:トーマス・アルフレッドソン「ぼくのエリ200歳の少女」
原作:「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」ジョン・ル・カレ著(ハヤカワ文庫刊)
出演:ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、トム・ハーディ、ジョン・ハート、トビー・ジョーンズ、マーク・ストロング、ベネディクト・カンバーバッチ
原題:TINKER TAILOR SOLDIER SPY
2011年/イギリス、フランス、ドイツ合作/128分/シネスコ/ドルビーデジタル、ドルビーSR/カラー
配給:ギャガ
公式サイト:http://uragiri.gaga.ne.jp/
4月21日(土) TOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館他全国ロードショー!
All rights reserved.(c) 2010 StudioCanal SA.

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