【TIFF】ブライトン・ロック(コンペティション部門)

1960年代を舞台に蘇るグレアム・グリーンの世界

(第23回東京国際映画祭・コンペティション部門) 

『第三の男』(49年)『落ちた偶像』(48年)と映画化作品が多いグレアム・グリーン。最近でも『ことの終わり』(99年)『愛の落日』(2002年)など、その数は20本以上である。再び映画化された『ブライトン・ロック』原作は1938年の作品、それが時代を1964年という時代に移して映画化されたのは、驚きである。 

ブライトン・ロック実はこの時代設定が大変興味深い。1964年は、若者たちのユースクェイク運動、すなわち「30代以上は信じるな」というものが盛んになった時代で、モッズ文化が流行したとき。「テディ・ボーイやロッカーは古臭い」彼らはイタリアン・スタイルのスーツを着、ヴェスパを乗り回すおしゃれな集団で、オートバイを乗り回す集団と対立し、それは暴動にまで発展した。それが映画の中で巧みに取り入れられている。ヴェスパに乗った若者の集団がブライトンの街を疾走する場面は圧巻だ。そのドサクサに紛れて起きたギャングの抗争事件は、あの明るさの中ではあまりに湿っぽく陰惨で、前時代的に見えてしまう。

それにしても、今年公開された『17歳の肖像』は1962年のロンドンが舞台であったが、それと較べてみると、大人の存在感がまるで違うことに驚いてしまう。30代の大人に憧れてジャズを聴き、ほんのちょっと悪いこともして冒険者気どりになっていたあの少女の物語の2年後、彼ら30代の男たちは、若者にとって「つまらない」存在になり果ててしまったというわけだ。

そうした中で台頭してきた主人公のピンキーは、30代以上を信じるなと、自分たちの文化の中で満足しているにとどまらず、大人たちを屈服させ自分が天下をとってやるといった意気込みで、ギャングの世界で生きているのである。そもそも最初は、世話になっているボスの暗殺から始まった事であった。かつて街を牛耳っていた組織も弱体化し、そのとどめが、ボスの暗殺という事件だった。彼は組織を守ろうと、頼りない兄貴分たちの言葉も無視し、ボスを殺した対立する組織の丁度ライバル的な存在であった若い男を殺してしまう。殺人事件の証拠を偶然にも手にしたカフェで働くローズ。しゃべらないようにピンキーは彼女を誘惑するのだが、いつしか恋人のような関係になっていく。しかし、彼はその彼女の純真を信じることができない。彼の悲劇は、かように何も信じられなかったことである。身内も信じられない。神さえも信じられない。そのことが、どのような結末をもたらすのか…。このあたりのテーマがカソリック作家のグレアム・グリーンらしさがとてもよく出ている。

「このような生き方をした人間が、神のふところに抱かれることができるのか」というテーマ、新しいものと古いものの対立するが、いつの時代も、結局人は変わらないのだというテーマ(タイトルのブライトン・ロックとは日本で言う金太郎飴のことで、どこを切っても同じという含みがある)これらが、まるで1960年代に書かれた小説のように、ぴったりとはまってしまっているところ、それがこの作品の非凡なところである。

おススメ度:★★★★★Text by藤澤貞彦

原題:Brighton Rock
監督:ローワン・ジョフィ
原作:グレアム・グリーン
制作:2010年/英国/111分
出演:サム・ライリー、ヘレン・ミレン、アンドレア・ライズボロー、ジョン・ハート

公式サイト:第23回東京国際映画祭公式サイト
コピーライト:© 2010 StudioCanal S.A/UK Film Council/BBC

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