『シングルマン』完璧に美しいパッケージにくるまれた狂おしいほどのエモーション

©2009 Fade to Black Productions, Inc. All Rights Reserved.


徹底した美意識に律せられた世界。ファッションデザイナー、トム・フォードの初監督作品『シングルマン』は今だかつて観たことがないほどファッショナブルな映画だ。衣装はもちろん、小物、インテリア、フォードのブランドモデルのような輝く美貌の若手俳優にいたるまで、すべてにおいて隙がない。そして最も驚かされたのは、ひんやりと輝くプラチナの美しさの中に、恐怖・絶望・愛といった人間臭い感情が丁寧に封じ込められているその意外な“熱”の存在である。
16年間連れ添ったボーイフレンドを亡くし、深い喪失感と絶望を抱えながら日々をやり過ごしている大学教授ジョージ(コリン・ファース)。映画は、その日の終わりに死を迎えることを決めた彼の、最期の一日を丁寧に追う。
コリン・ファースが彼史上最高にスタイリッシュでセクシーだ。数多の英国紳士を演じてきたファースにとって、スーツをスマートに着こなすなんて朝飯前かもしれないが、『シングルマン』では煙草を吸う仕草一つとっても、完璧に配置されたトム・フォード印のお洒落アイテムのピースの一つになっている。美男ではあるが、決して華のある主演俳優という柄ではないファースのこの新しい顔は、長年のファンにとってはまさに垂涎もの。トム・フォード・マジック万歳!である。
先ごろ、英ジーンズブランドが女性1500人を対象に行った投票で「最も魅力的な英国人男性」第1位にコリン・ファースが選ばれたというニュースを読み、「然もありなん」とほくそえんだ。英国のパブリック・スクールを舞台に美少年の同性愛を描いた『アナザー・カントリー』(84)で、共産主義に傾倒する孤高の青年を硬質な魅力で演じて注目された彼。同作に主演したルパート・エヴェレットや、同じく同性愛を扱った『モーリス』(87)で人気を博したヒュー・グラントらとともに“英国美形俳優”ブームの一翼を担った。しかしファースはヒューのような華やかな王子様キャラとは一線を画し、以来、内側から滲み出す“気品”を武器に、数多の作品でバイプレーヤーとして勝負している。そう、“気品”。ハッとするような美男ではないが、たとえ堅物男を演じても、性悪男を演じても、魅力的に見せてしまう気品が滲む。
そんなコリン・ファースの魅力を十二分に引き出した作品が『シングルマン』であり、トム・フォード監督である。一歩間違うとただ耽美的で無機質な作品になってしまうところに、ファースは狂おしいまでのエモーションと作品のトーンを決める“気品”を吹き込んで、見事に“体温”を与えている。抑制の効いた演技ながら、表情と佇まいですべてを語る。
特筆すべきは、大学で教鞭をとるジョージと、元恋人で親友のチャーリー(ジュリアン・ムーア)と酔って大騒ぎする彼とでは、まったく別人にすら見せてしまうところ。堅物の教授から、ジャケット一点をドレスアップするだけで、とてつもなくお洒落な中年男性に変貌するのである。ファースの佇まいと、トム・フォードの美的センスが出会ってしまった奇跡に、思わずスクリーンを拝んでしまうところであった。
他者とのつながり、「今」を生きることの素晴らしいさにジョージが気付くとき、映像が沈んだ冷たい色調から、血の気を感じさせる鮮やかなトーンへと変化する演出も素晴らしい。いつも静かで、シャープな装いをきめるジョージが閉じ込めた感情の“熱”は、観ている方の涙腺まで刺激する。
人生の輝きを取り戻し始めた時、ジョージに訪れたものは・・・。


オススメ度:★★★★★

Text by:新田理恵

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【原題】A SINGLE MAN
【製作・監督・脚本】トム・フォード
【原作】クリストファー・イシャーウッド
【出演】コリン・ファース、ジュリアン・ムーア、マシュー・グード、ニコラス・ホルトほか
【追加音楽】梅林 茂(『花様年華』など)
アメリカ/101分

『シングルマン』公式サイト http://singleman.gaga.ne.jp/

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