『サラの鍵』ジル・パケ=ブレネール監督インタビュー
昨年の第23回東京国際映画祭(TIFF)で最優秀監督賞と観客賞のW受賞に輝いた『サラの鍵』が、12月17日より公開される。原作は、全世界で300万部突破のベストセラーとなった、タチアナ・ド・ロネの同名小説。原作ファンにとっても、TIFFで本作に感銘を受けたファンにとっても、待望の劇場公開だろう。1942年7月、 ナチス占領下のフランス当局により大勢のユダヤ人が、パリの“ヴェルディヴ(屋内競輪場)”に収容された事件を軸とし、現代に生きるアメリカ人ジャーナリストのジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)が事件の取材を通して、ユダヤ人少女サラ(メリュジーヌ・マヤンス)と彼女の家族に起こった悲劇の真相に迫る物語だ。
日本公開を前に、本作のジル・パケ=ブレネール監督がTIFF以来、1年ぶりに来日。インタビューを以下にお届けする。
●ヴェルディヴ事件について
本作で描かれるヴェルディヴ事件は、1995年にシラク大統領(当時)がフランス政府の責任を認めた演説を行うまで、フランス人の間でもほとんど知られていなかった事件である。1974年生まれのブレネール監督も、実はドイツ系ユダヤ人の祖父を収容所で亡くしている。その監督ですら「シラク大統領の演説を聞くまでは、ヴェルディヴ事件について特に意識しておらず、歴史の授業でも勉強した記憶がない」というほどだ。
そのように、闇に埋もれてしまった、痛ましい事件にスポットライトを当てた本作について、監督は「より良い未来を築くためには、過去を振り返ることが必要だという思いを込めました」と語ってくれた。
●映画を撮る心がけ
主人公のジュリアは、サラに対する感情をセリフとして発することはない。それゆえに、観客は次第にジュリアの気持ちに入り込んでいくような感覚に陥る。逆に原作では、ジュリアの一人称で語られているので、読者はジュリアの気持ちを直接ぶつけられることになる。
「小説は特にジュリアについては感情的な部分が多くあり、どちらかといえば女性向けの小説だと感じました。こういってはなんですが、小説を読んだ当時、34歳だった私からすると、50歳近い女性が妊娠するという設定などには、何となく居心地の悪さを感じたのは事実です」と率直に意見を述べるブレネール監督。そのため脚本を書くにあたり、「感傷主義に陥らないように心がけた」という。「だから、小説より映画のほうがエモーショナルな面では控えめな描写になっているんです」。
続けてブレネール監督は「もし、ジュリアが自分の考えを説明したら、観客は映画の世界から取り残されたような感覚になってしまうと思います。小説よりも幅広い観衆に訴えるのが映画です。作り手側から、ここで泣け!というように誘導されるのを好まない観客もいますからね。何より(ジュリア役の)クリスティン・スコット・トーマスには持って生まれた気品があり、観客との距離を保つ演技ができる人なので、彼女がセリフを発さなくても、観客のエモーショナルな部分に訴えかける役割を果たしてくれたと思います。私自身、映画のなかで説明する方法は好きじゃないんですよ」と、作り手側の考えを押し付けるのではなく、観客の知性を信じ、考察を促すような映画の撮り方を心がけていることを明かしてくれた。「『サラの鍵』のように、とても繊細な感情を扱った作品はなおさらだね」。
もう一つ、ブレネール監督が心がけたのが、サラが生きる過去、ジュリアが生きる現代という、2つの時代が交錯する構成について、だ。「2つの時代が並行して描かれますが、できるだけ自然に、違和感がないように見せることを大切にしました。サラが置かれているカオス的な状況に対し、ジュリアの安逸に暮らしている現代の世界を、補足的に提示することを心がけました」。
●撮影時の思い出
本作で好きなシーンや思い入れのあるシーンについて質問すると、ブレネール監督は「サラが収容所から逃亡するシーン」と答えてくれた。「小説でもそのシーンが記憶に残り、好きなシーンです。サラともう一人の少女が小麦畑を駆け抜けるシーン、二人が池で漂うシーンは、実は初日にクレーンを使用して撮影したものです」。
その他にも、ニューヨークでの撮影も楽しかったと話してくれたが、「ホロコースト記念館での撮影が印象的。スタッフも静かにしていて、特別な静寂が重苦しい感じがして、よく覚えています」とのこと。また、「サラをはじめ子供達が母親、父親と引き離されるシーンにはプレッシャーを感じました。実際にその事件を体験した人がいるわけですから、事件を歪めずに、正確に伝えようとするプレッシャーでした」と、ユダヤ人の悲劇を映像化することに対して、特に配慮したことを窺わせた。
●真実を知ることとは何か?
映画が展開するにつれて、ジュリアはサラについての衝撃の真実に突き当たることとなる。ジュリアの「真実を知るには代償がいるのよ」というセリフは、サラの数奇な人生を辿ることで家族を傷つけ、そしてジュリア自身も深く傷つくことを意味しており、非常に重い。真実を知ることは素晴らしいことであると同時に、残酷でもあるということを痛感する。
ブレネール監督もそれは認めつつ、「ただ、もし真実を知らなければ、やりきれない思いを一生抱えていくことになることもあると思うのです。今は辛いけれど真実を受け入れることで、今まで見えなかったことも見えてくる、理解できることもあると思います」。
(後記)
真実を受け入れ、前に進むということは、まさに本作を貫いているテーマだ。そして、過去は決して断絶したものではなく、未来へと繋がっていくもの。ブレネール監督の「より良い未来を築くためには、過去を振り返ることが必要」とのコメントにはとても勇気づけられる。そういう思いを噛みしめて、映画も観ていただきたいと思う。
また、「ここで泣かずしていつ泣くのだ?」とばかりに、作り手側の感情を観客に押し付けるような、ある種のあざとさを感じる映画も、多少なりともあるのも事実。だが、ブレネール監督の映画づくりの姿勢からは、観客への信頼と映画への自信が感じられ、非常に好感が持てる。今後はどんな映画をつくるのか、ブレネール監督のさらなる活躍を期待したいと思う。
取材・文:富田優子
《プロフィール》
ジル・パケ=ブレネール
(Gilles Paquet-Brenner)
1974年フランスのパリ生まれ。監督処女作はマリオン・コティヤール主演『美しい妹』(未/01)。その他の監督作品に、『マルセイユ・ヴァイス』(03)、『UV-プールサイド-』(07)、『クラッシュ・ブレイク』(07)、『ザ・ウォール』(09)などがある。『サラの鍵』(10)で第23回東京国際映画祭監督賞・観客賞を受賞。
▼作品情報▼
監督・脚本:ジル・パケ=ブレネール
出演:クリスティン・スコット・トーマス、メリュジーヌ・マヤンス、ニエル・アレストラップ、エイダン・クイン
原作:タチアナ・ド・ロネ「サラの鍵」(新潮クレスト・ブックス刊)
原題:Sara’s Key
2010年/フランス/カラー/シネスコ/ドルビーデジタル、ドルビーSR/111分
後援:フランス大使館
協力:ユニフランス・フィルムズ/東京日仏学院
配給:ギャガ
©2010 – Hugo Productions – Studio 37 -TF1 Droits Audiovisuel – France2 Cinema
公式サイト: http://www.sara.gaga.ne.jp/
2011年12月17日(土)、銀座テアトルシネマ、新宿武蔵野館他、全国順次ロードショー
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2016年7月23日
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