【FILMeX】新世紀ロマンティクス(特別招待作品)

帰ってきた二人~中国20年の軌跡~

©2024 X Stream Pictures

物語は2001年の山西省大同市から始まり、2022年の大同市で幕を閉じる。これが同じ街かというほどの変わりようで、心底驚く。高層ビルが立ち並び、立派なショッピングセンターがあり、城壁はきらびやかにライト・アップされている。2001年には、古びた住宅が立ち並び、細い路地では人々がひしめき合い、砂埃にむせるような整備されていない道路が走る茶色の街であった。ただ、開発途中の高速道路だけがこれからの未来を示していた。中国の20年間が一瞬にして夢のように通り過ぎていったかのようで眩暈を覚える。

この作品は、『青の稲妻』で、チャオ・タオとリー・チュウビンが愛人関係の役で共演し、2006年の『長江哀歌』では長年離れて暮らしている夫婦という役で再び共演していることから、2人の物語をリニューアルして、もうひとつ物語が作れないかという発想で作られている。

2001年の風景は『青の稲妻』と、その時に撮られていた記録映像が使用されているのだ。『長江哀歌』が元々別のドキュメンタリーを撮りにいった際に構想された作品ということで、実際に『東』という作品が残されており、使用されていない記録映像が残っているのは当然だが、そのような形跡がない『青の稲妻』にも、多くの記録映像が残されていたようだ。これらを眠らせて置くのは惜しいという気持ちは、大同市の20年間の急激な変化を目の当たりにすれば、当然に起こってくる。しかし、それ単独では映画にならない。では、この20年間にここで暮らした人たちに、どのような変化が起こったのか。2人の男女の物語を軸にして、それを考察することが可能なのではないか。それがこの作品の根底にある。

2001年の大同市では、中国がWTOに加盟したニュースが流れている。それとオリンピックが北京に決まったニュースで、テレビの前に集まった人たちが沸いている。そんな景気のいいニュースが流れていても、いくら人々がそれに熱狂していたとしても、彼らの生活は貧しい。冒頭、毛沢東時代のような侘しい身なりをした工場の女子工員たちが、昔の唄を披露する。楽しそうではあるが、2001年の風景とはとても思えない光景だ。まもなく彼女たちは、地域の発展と引き換えに国営工場から締め出され、失業することだろう。

『青の稲妻』で、京劇やお酒の宣伝のためのダンスが披露されていた古びた劇場では、暇を持て余した老人たちが、無料で歌謡ショーを楽しんでいる。歌手たちはお金を払ってステージに立たせてもらい、おひねりを貰うことで、糊口をしのいでいる。実はここは、そういう劇場だったのだ。晴れやかなニュースと、彼らの現実。まるで2つの中国が存在しているかのようである。

ジャ・ジャンクーは記録する。発展していく中国と、壊されて消えていく風景を。そしてその中の渦中にある人々の姿を。そういう意味では最もドラマチックな舞台となった作品が『長江哀歌』であった。三峡ダムの建設によって、2000年の歴史を持つ街がまさに消えていく、その瞬間を記録した。今となっては貴重な記録である。物語はあれから5年後、2人は夫婦になったものの、夫はこちらに出稼ぎに来ており、音信普通となっていた。夫を探しにきたチャオを追うカメラは同時にそこで暮らす人々の姿を写し取る。大ハンマーでビルのコンクリートを崩す人、貧しい家々、船着き場の人々。140万人もの人が移住し、たくさんの村が水没するのと引き換えに築き上げた世界最大のダム。そこに住む人たち、たくさんの労働者はどこへ行ってしまったのか。

2022年の大同市、きらびやかになった街には、かつての人々の猥雑な声は聴こえてこない。商品がたくさん並ぶスーパーにも、人の姿は決して多くはない。スーパーでロボットと会話するチャオ・タオ。コロナ禍が少し落ち着いてきたところとはいえ、それにしてもこの街にはかつてのエネルギーは感じられない。2人はここで再び出会う。結局どこの街に行っても同じことだったと。結局、お祭り騒ぎのような急速な発展も大多数の人には富をもたらしたわけではない。それでも、かつての夫に比べてチャオ・タオは、まだまだ元気がある。女性のほうが、柔軟性があるのだろうか。これからもゆっくり前に進んでいく。この作品には、希望がある。

この作品は、1人の女性と彼女の元を去った男性の物語を軸に進んでいくのだが、実は2人の物語は、それほど濃密ではない。相似形の作品『帰れない二人』のほうが遥かにドラマチックである。なぜ敢えてよく似たドラマを撮ったのか。本作にあって、『帰れない二人』にはないもの。それは、当時の本物の記録である。それもあってか、その背景にある都市とそこに生きる人々のほうが、むしろ主役のようにも感じられる。これこそが、現代中国の歴史の証人なのではないだろうか。発展する中国の気分を、その当時よく唄われた歌を通して、ダンスの熱狂を通して表現はしているが、ジャ・ジャンクー監督の興味は、発展の影に隠された、本当の人々の暮らしにある。そう意味では、この作品の二人もまた、ダイナミックな中国現代史の、大きなうねりの中の一部なのである。

2024年・第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。第25回東京フィルメックスのオープニング作品。
※2025年5月9日(金)公開決定

「第25回東京フィルメックス」開催概要

名称:第25回 東京フィルメックス / TOKYO FILMeX 2024
会期:11月23日(土)~12月1日(日)
会場:丸の内TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン、プレイベント
公式HP:https://filmex.jp/

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