【LBFF】MISS BALA / 銃弾

ミスコンの裏側からメキシコの麻薬戦争の現実を体感する

MissBalaラウラ(ステファニ・シグマン)の夢は、ミスコンで優勝してお金持ちになること。家では、父親とまだ小学生の弟と暮らし、部屋には大きな熊の縫いぐるみ、洋服屋さんに勤め、ファッションに興味があるごくごく普通の23歳だった。「そんなところに行って、面倒なことに巻き込まれるんじゃないぞ」という父親の反対を尻目にかけつけた、ミスコンの会場。その高台から街を一望して、ラウラは友人のスズに話しかける。「ミスコンで優勝すると、賞金いくら貰えるか知ってる。お金持ちと知り合いになれるかしら」「子供みたいに無邪気なんだから」と、あきれる友人。この作品で一番開放的で、幸福感に溢れるシーンだ。ところが、たまたま入ったナイトクラブで、ギャング(麻薬カルテル)による虐殺事件に遭遇してからは、一転、スクリーンは重苦しい空気に包まれ、以降観客は、ラウラと共にこの閉塞感から逃れることができなくなってしまう。

ラウラは警察に助けを求めるが、残念なことに警察も麻薬カルテルと深いかかわりがあった。彼女は犯行グループに引き渡され、逃げ出すどころかどんどん深い井戸の闇底へと落されていく。ちなみに、メキシコのある都市の警察では、1100人の警察官のうち、1000人が麻薬カルテルから買収されていたという恐るべきデータも残っているから絶望的である。

麻薬戦争。メキシコのそれは、まさに戦争というのに相応しい。舞台挨拶によれば、撮影前には4万人といわれていた麻薬戦争による死者が、撮影終了時には6万人に激増していたというのである。この作品は、フィクションではあるが、現実に材を取っている。その物語は、実在するミスコンの女王ラウラ・スニガと酷似している。もっとも、ミスコンが狙われたのは、彼女だけではない。その理由は、彼女たちなら疑われることなく、税関をフリーパスすることができ、麻薬や取引に使うお金を楽々運搬できるというものである。そこで麻薬カルテルの組織は、ミスコンの女王になれそうな女性を狙い、惜しげもなく「投資」をするのである。

映画の舞台になった街は、アメリカと国境を接するティファナである。ここは、スティーブン・ソダーバーグ監督『トラフィック』の舞台にもなったところだ。地元警察の腐敗については、この作品を観ることをお勧めする。また、この街は、麻薬撲滅を掲げていた大統領候補ルイス・ドナルド・コロシオが暗殺されたことでも知られている。この事件では、警察、大物政治家、麻薬カルテルが裏で糸を引いていたと言われているが、この作品の中でも、捜査官が見せしめのために、むごい殺され方をしたり、背後に軍や政治家の陰があることを示したりしている。いわばこの作品は、そうした現実に起きたことのすべてを凝縮して詰め込んでいるのだ。

この作品は、そうした事実を客観的に伝えようとはしない。あくまでもラウラを通した視点で観客に提示していくのだ。それゆえに、常に銃撃戦は突然始まるし、犯人たちは、突然彼女の家の前に現れる。彼女の周辺からの視点がないため、何が起こっているのか、観客にもしばらくわからなかったりするのだが、監督はそうしたわかりやすさよりも、敢えて、臨場感を選らんだのだと思う。こうしたメキシコの厳しい現実を体感してほしいと。おそらく、観客とってもっとも遠い映像はニュース映像である。例えば、イラクの戦争をぼんやりとテレビで眺めていて、どれほどの危機感を持てるだろうか。それに較べると、この作品は、確かにメキシコの現実が肌で体感できる心持がする。

お見事ステファニ

見事最優秀女優賞を受賞!

この作品では、ラウラの気持を表すのに、街の風景が重要な役割を果たしている。作品の大部分は、車中からの景色だったり、部屋の中だったりするのだが、ところどころにパノラマ的風景が挿入されているのだ。最初のほうのシーンで、丘から見る平穏な街の風景。それに対して、犯行グループから逃げたした時に高台から見る街の風景は、街の中心部で爆発事故が起こり、不穏な感じになっている。(偶然撮れた風景なのだろうか、それともこんなことが年中あるということなのだろうか)また、秀逸なのはリフレインされる夜明けの風景である。ナイトクラブでの銃撃戦に遭遇した後、海辺のカフェで見る太平洋を臨んだ飛びきり美しいメキシコの夜明け。浜辺で犯行グループのボスに犯された後に見る朝日。彼女にとっては、夜明けが美しければ美しいほど、その眩しさが身体と心に突き刺さってくるだけであり、それも時が経つにつれ、痛みを増していくのである。

ラスト、人っ子一人いない見知らぬ街に置き去りにされたラウラ。工場の屋根の上にさしかかってくる眩しい太陽。その太陽の方向に向かって呆然と歩きはじめるラウラのこれからはどうなるのだろうか。私は思う。彼女は決して強い女性ではないのだけれど、生き抜く力を持っている女性であると。あのナイトクラブで、咄嗟に逃げる場所を見つけ出した彼女である。解放すると言われたあの浜辺で、死の方向には歩き出さず、困難が待ち受けているとはいえ、生を選んだ彼女である。何度も遭遇する銃撃戦の中でも、身をかがめ、逃げ道を探し続けた彼女である。あるいは、彼女こそはメキシコそのものなのだ。メキシコはこの困難な状況にもじっと耐え生き延びて行く。作者のそんな強い気持がそこに感じられた。

オススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦



▼『MISS BALA / 銃弾』作品情報▼
2011年カンヌ国際映画祭ある視点部門出品作。
監督:ヘラルド・ナランホ
出演:ステファニ・シグマン、イレーネ・アスエラ、ミゲル・コトゥリエル
2011年 / アクション・ドラマ / メキシコ / 113分
原題:MISS BALA



▼「ラテンビート映画祭2011」開催概要▼
【東京】9月15日(木)~19日(月)
会場:新宿バルト9(新宿三丁目イーストビル9階)
【京都】9月22日(木)~25日(日)
会場:T・ジョイ京都
【横浜】10月7日(金)~10日(月・祝日)
会場:横浜ブルク13(TOCみなとみらい6階)
映画祭の詳細は、オフィシャルサイト&ブログでチェック。
オフィシャルサイト http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/
オフィシャルブログ http://lbff.blog129.fc2.com/


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