【LBFF】BLACK BREAD(英題)

ひとつの死によって変わった少年の運命とスペイン内戦の傷跡

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※『ブラック・ブレッド』のタイトルで、2012年6月23日(土)銀座テアトルシネマ他全国ロードショー

スペイン内戦後のカタロニア、森の中を行く一台の馬車が頭巾を被った男に襲われる。馬車の男もしばらくの間は応戦するが、結局は無残にも頭を石で打ちつけられて死亡する。頭巾の男は、幌の中に死体を放り込み、馬車ごと男を崖下に落としてしまう。幌の中にまだ子供が隠れているのには気がつかずに。犯人は一体誰なのか…。

11歳の少年アンドレウ(フランセスク・コロメール)にとって、森の中はまだ、精霊やゴーストたちの住む領域に感じられる。寝る前、おばあさんに話してもらうおとぎ話に耳を傾け、ベッドの中では、ふくろうの声や、川の音に精霊の言葉を聴き、水に光が反射して窓辺で動いている影にゴーストの存在を感じている。そんな少年が、崖下に転落した馬車を発見する。外に放り出されていたのは、瀕死の状態の友だちだった。最後に「ピトルリウア」という言葉を残して息絶える。ピトルリウアとは、森の洞窟に住むと噂される幽霊の名前だ。

この作品は、まなざしの映画である。少年が、物陰から大人たちを観察するそのまなざしである。いとこたちや、大人たちが見ようとしないところを少年は、見ずにはいられない。見るな、構うなと言われれば、余計に近寄っていきたくなってしまう。それゆえ、画面には、常に少年のまなざしが存在している。最初はゴーストに対する少年らしい好奇心からだった。きっと、『ミツバチのささやき』(スペイン内戦を舞台にしている)の女の子のように幼い時だったら、彼も最後まで精霊を精霊であると信じることができただろう。けれども、少年はもうそんな年ではない。ひとつひとつ、ベールを剥がすようにして、ミステリーの真実を解き明かしていってしまう。そして、厳しい現実、醜い大人たちの姿をその先に見るのである。

体制側の人間、特に警察署長の横暴。事情聴収に訪れた警察で、おやつを出してくれたおばさんの私欲。村八分の存在(少年の家族は、共和制支持いわゆる左派であったため、今では白い目で見られている)。母が勤める工場の過酷な労働。神父の偽善。学校の先生の不潔さ。「黒パン」と「白パン」、豊かな人間と貧しい人間の社会的格差。そして、洞窟のゴーストが、忌わしい現実であることが見えてくるのと同時に、自分の父母さえも、疑わしい人間に見えてくる。いわば、これは少年が大人になる過程で、経験せざるを得ないことであるのだが、内戦のため、大人たちがゆがんでしまっているところが、この少年の不幸なのである。

「戦争で一番不幸なことは、傷つくことでも飢えることでもなく、理想がなくなり、空っぽになったしまうことだ」とは、少年の父親が言った言葉。両親を軽蔑し、村から遠く離れてひとり学校に通うことになった少年。だが、その言葉に秘められた父親の本当の気持ちを、少年はやがて理解することだろう。それももう間もなくであることを感じさせつつこの映画は終わる。我々観客もスペイン内戦の原因が、必ずしも主義主張にあるのではなく、既得権益を守りたい人間と、貧しさからそれを打ち壊したい人間の争いであったという一面があることをこの作品で知り、また内戦の傷とは、物質的な傷よりも社会自体に残す傷跡のほうが深刻であることを思い知らされるのである。

オススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤 貞彦



▼『BLACK BREAD(英題)』作品情報▼
2011年ゴヤ賞作品賞・監督賞・主演女優賞ほか(全9部門)・サン・セバスティアン国際映画祭主演女優賞
監督:アグスティ・ビリャロンガ
出演:フランセスク・コロメール、マリナ・コマス、ノラ・ナバス
2010年 / ドラマ / スペイン・フランス / 113分
原題:PA NEGRE
配給:アルシネテラン 2012年、銀座テアトルシネマ他にてロードショー
© Massa d’Or Production Cinematografiques i Audiovisuals, S.A
© Televisio de Catalunya, S.A
写真提供:BETA FILM



▼「ラテンビート映画祭2011」開催概要▼
【東京】9月15日(木)~19日(月)
会場:新宿バルト9(新宿三丁目イーストビル9階)
【京都】9月22日(木)~25日(日)
会場:T・ジョイ京都
【横浜】10月7日(金)~10日(月・祝日)
会場:横浜ブルク13(TOCみなとみらい6階)
映画祭の詳細は、オフィシャルサイト&ブログでチェック。
オフィシャルサイト http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/
オフィシャルブログ http://lbff.blog129.fc2.com/


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