【LBFF】雨さえも~ボリビアの熱い一日~

『コロンブス』の映画撮影のためボリビアを訪れたクルーが見たものは…

雨さえもエキストラに応募してきた先住民族の人々が並ぶ列の上空を、ヘリコプターに吊るされた十字架が飛んでいく。500年前、コロンブスによって発見された新大陸。入植者たちは、自分たちの神の前に彼らをひれ伏させ、自分たちに従わせようとしたのだった。これはもちろん映画の撮影用の十字架であることが後でわかるのだが、歴史のひとつのイメージとして鮮烈な印象を残す。それと同時に、この作品は、映画撮影の裏話的なストーリーを軸に動いていくことをここで早くも示し、映画ファンとしては、冒頭から心を鷲掴みにされてしまう。

スペインの映画監督のセバスチャン(ガエル・ガルシア・ベルナル)、プロデューサーのコスタ(ルイス・トサル)とその撮影隊一行は、コロンブスとそれに抵抗した神父を描く作品の撮影のため、ボリビアを訪れる。ところが、エキストラの中から監督の目にとまった先住民族のダニエルが、「水戦争」と後に呼ばれる政府への抵抗運動に加わっていたことから、その中に巻き込まれていくことになる。

ことの発端は、親アメリカ政権が新自由主義経済に基づく政策をとり、経済が破たん、国営企業の民営化を進めたことである。IMFは債務返済のための条件として、水道事業の民営化を迫り、結局ボリビア政府は、アメリカの会社に水道事業を売り渡してしまう。すると、一社独占のこの企業は、水道料金を200%も値上げする暴挙に出る。映画の中で、エキストラで集まった人たちの日給が2ドル、水道料金が1年で400ドルと言っていたから、それがいかに無謀な値上げだったかがわかる。とはいえ、水がなければ人は生きてはいけない。人々はそれに対抗して井戸を掘るのだが、水道会社はその井戸にも蓋をして鍵をかけてしまう。(水車で水力発電をしようとして、それをつぶしたどこかの国の電力会社を思い出す)そして各地で暴動が起きたのである。

この事件と、劇中映画のストーリーが重なって来るのが素晴らしい。暴動とそれを鎮圧しようとする政府。その場面の後で、500年前の神父の言葉がかぶさってくる。「我々の生活は、彼らから搾取することで成り立っているだけではないか。なぜ自分たちを愛するのと同じように彼らを愛せないのか」当時の言葉が時空を超えて現代に響いてくるのである。「アメリカというのはさまざまな時代が共存している唯一の大陸です…オリノコ川をさかのぼるというのは、時間をさかのぼることと変わりがないのです。」(「あるバロック作家の素朴な告白」)と言ったのは、キューバの作家カルペンティエルだったが、この作品はその言葉のとおり、コロンブスの時代と現代とが隣りあわせに息づいているかのような感覚がある。

それをもっとも象徴するのが、映画撮影の最後の場面だ。先住民族のダニエルが、コロンブスに抵抗し火あぶりになるシーン。その撮影を終えた時、突然、警察が彼を逮捕しにくる。彼は、映画の役だけでなく、実生活においても政府への抵抗運動をしていたからだ。500年前の原住民の扮装をした人たちを現代の警官たちが、ピストルを持って威嚇し、パトカーの中に押し込めようとする不思議な光景に、監督のセバスチャンも思わず「これは現実なのか」とつぶやく。もちろん映画撮影も現実、逮捕劇も現実、されどラテンアメリカの魔術によって現れたかのような見事なシーンである。まるでコロンブスの時代の中に現代がまぎれこんだかのようだ。そう、歴史は点ではないのだ。川の流れのように続いているもの。長い間に培われてきた社会構造が変わらないからこそ、過去の歴史が現代と響き合ってしまうのだ。このようにラテンアメリカが置かれた困難な状況を、「水戦争」という「点」ではなくて、大きな歴史の流れの中で捉えた点が、この作品の秀逸なところである。

ちなみに、最初のタイトルで「ハワード・ジンにこの映画を捧げる」という言葉が出てくるのだが、この人こそ、それまでの欧米からの視点でのアメリカ大陸の歴史観を覆し、征服される側の立場から歴史を見なおした「民衆のアメリカ史」を著した歴史家である。惜しくも、2010年に亡くなるのだが、この映画には彼の精神が見事に息づいていると言えよう。脚本は、『麦の穂をゆらす風』のポール・ラヴァーティ、監督は、なんと『エル・スール』のあの可憐な少女イシアル・ボジャインである。WONDERFUL!!

オススメ度:★★★★★
Text by 藤澤 貞彦



▼『雨さえも~ボリビアの熱い一日~』作品情報▼
2011年ゴヤ賞助演男優賞、2011年ベルリン国際映画祭パノラマ部門観客賞
監督 : イシアル・ボジャイン
出演 : ルイス・トサル、ガエル・ガルシア・ベルナル、エンマ・スアレス
2010年 / ドラマ / スペイン・フランス・メキシコ / 99分
原題:TAMBIÉN LA LLUVIA



▼「ラテンビート映画祭2011」開催概要▼
【東京】9月15日(木)~19日(月)
会場:新宿バルト9(新宿三丁目イーストビル9階)
【京都】9月22日(木)~25日(日)
会場:T・ジョイ京都
【横浜】10月7日(金)~10日(月・祝日)
会場:横浜ブルク13(TOCみなとみらい6階)
映画祭の詳細は、オフィシャルサイト&ブログでチェック。
オフィシャルサイト http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/
オフィシャルブログ http://lbff.blog129.fc2.com/


▼関連記事▼
・「THE SKIN I LIVE IN(英題)」“ペドロ・アルモドバルの最高傑作”~出演女優マリサ・パレデスが断言
・第8回ラテンビート映画祭がスタート~“キューバ流ナンパの流儀”を3日で体得?! 津川雅彦、撮影秘話を語る
・秋はラテンの熱風に吹かれたい!「第8回ラテンビート映画祭2011」9月に開催

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)