【LBFF】THE LAST CIRCUS (英題)

~愛と欲望と憎しみのピエロ、その狂気と暴力~

ザ・ラスト・サーカス『どつかれてアンダルシア(仮)』、『みんなのしあわせ』で、日本でも知る人ぞ知るアレックス・デ・ラ・イグレシア監督、待望の新作である。

『みんなのしあわせ』では、カルメン・マウラ扮する不動産屋が、たまたま自分の抱える物件のアパートの上階で死体と大金を見つけてしまったことから、アパートの住人たちから殺されかけるドラマ。人の計り知れない欲望と、暴力が剥き出しになる異様なサスペンス映画であった。ただしその演出には、やり過ぎ感があり、笑いの域にまでいってしまう。それが、この監督の作品の特徴とも言えるし、このB級テイストが、2010年ベネチア国際映画祭審査委員長のタランティーノ監督にもうけたのだろう。

さて、今回も期待に違わず、欲望、欲望、暴力、暴力の世界が待っていた。そしてやはりやり過ぎている。ただし、サーカスのピエロがテーマ。なかなか文学的なのである。いや、ホント。正確に言えば、この映画に出てくるのは、クラウンとピエロ。苛めるほうがクラウンで、いつも馬鹿にされ酷い目にあっている方がピエロだ。このキャラクターは、涙のマークが顔にあることから、いつもどこか悲しみをたたえているように見える。そもそも、ピエロのルーツは、中世のイタリアの喜劇、コメディア・デアルテにまで遡る。本作も見方によっては、ひとりの女を巡るふたりの男の古典的な喜劇の物語であり、そこがちょっと文学的とも言える。

映画は、スペイン内戦の時代にまで遡り、共和制の側で戦い投獄されたお父さんクラウンが、子供ハビエルに「お前はクラウンには向いていない。苦しみ過ぎた人間にはクラウンはできない。だから涙ピエロになれ。」と遺言したことから始まる。その後もハビエルは、なぜかフランコ政権との因縁が続き、目の前でブランコ首相が暗殺される事件も起きるあたり、父親の無念の気持ちがハビエルに乗り移り、この屈折したピエロが生まれてきたとも言える。スペインの近代史と連動しているところが、ちょっと心憎い。

それにしても、ピエロというのは、考えようによっては不思議な存在だ。いつもクラウンに暴力をふるわれおどおどしているのに、それに観客は笑ってしまうのだから。普段は、暴力に眉をひそめる人も、ピエロの演技に顔をしかめる人はいない。この事実をみると、笑いは、暴力、悲しみと紙一重なのではなかろうか。そこがこの監督のテーマにしっかりはまっている。

人間の感情というのも複雑で不思議なものである。この映画のクラウン役セルヒオ(アントニオ・デ・ラ・トーレ)は、ナタリア(カロリーナ・バング)を愛していることは間違いないのだが、それがいつも暴力に変わってしまう。ナタリアはそれを怖がっているくせに、SEXとなると、それが興奮に変わる。ナタリアは、普段は、ピエロ役のハビエル(カルロス・アレセス)の穏やかさが好きなのだけれども、セルヒオと過ごす夜の快楽も忘れられない。サーカス映画ではお決まりの三角関係ではあるが、暴力的なところが異質だ。

セルヒオ(クラウン)は嫉妬心を暴力に変え、ハビエル(ピエロ)は悲しみを暴力に変える。形がちがっても、ふたりの根底にあるのは、愛と欲望である。そして人間の愛と欲望には切りがないということを示すかのように、ふたりのバトルは留まるところを知らない。その対立の中で、ふたりともメイクをせずして素顔までもが、兇暴なクラウン、兇暴なピエロになってしまうに至り、映画はもはやホラーの領域にまで突入してしまう。可愛らしいアイスクリームの絵が描かれているトラックにハビエル(ピエロ)が乗り込み、マシンガンを振り回すに至ってはもはや呆れるしかない。けれども、この作品は、観客が時に吐き気を催し、その後なぜか笑うしかなくなってしまうほどの過激さを持ちながら、最後は結局、虚しさ、悲しみの感情だけを残すことになる。それゆえに、この映画を観ていると、実は笑いと暴力と悲しみは三位一体、愛と憎しみと悲しみもまた、三位一体なのではないか、そんな風に感じてしまうのである。

オススメ度:★★★☆☆
Text by 藤澤 貞彦



▼『THE LAST CIRCUS (英題)』作品情報▼
2010年ベネチア国際映画祭銀獅子賞・脚本賞受賞
監督 : アレックス・デ・ラ・イグレシア
出演 : カルロス・アレセス、アントニオ・デ・ラ・トーレ、カロリーナ・バング
2010年 / ドラマ / スペイン / 108分
原題:BALADA TRISTE DE TROMPETA



▼「ラテンビート映画祭2011」開催概要▼
【東京】9月15日(木)~19日(月)
会場:新宿バルト9(新宿三丁目イーストビル9階)
【京都】9月22日(木)~25日(日)
会場:T・ジョイ京都
【横浜】10月7日(金)~10日(月・祝日)
会場:横浜ブルク13(TOCみなとみらい6階)
映画祭の詳細は、オフィシャルサイト&ブログでチェック。
オフィシャルサイト http://www.hispanicbeatfilmfestival.com/
オフィシャルブログ http://lbff.blog129.fc2.com/


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