【TIFF】わたしを離さないで

純度の高いラブストーリー

(第23回東京国際映画祭・コンペティション部門)

©2010 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.

今回の東京国際映画祭・コンペティション部門に出品された作品のなかでは、顔合わせの豪華さでは群を抜いている。何と言っても、キャリー・マリガン(『17歳の肖像』)、キーラ・ナイトレイ(『プライドと偏見』)、アンドリュー・ガーフィールド(『BOY A』)という英国期待の若手演技派俳優の共演なのだ。そして、カズオ・イシグロの名作小説「わたしを離さないで」の映画化なのだから、映画ファン及び原作ファンならば、期待を抱かないほうがおかしい。原作を涙なしでは読めなかった筆者であるが、小説が醸し出す独特の透明感や、登場人物が抱える哀切な想いを、映画でどう表現されるのかを、とても楽しみにしていた(筆者による小説のレビューはこちらを参照のこと)。

そんなわけで、期待感を高ぶらせて映画を鑑賞。
主演3人の好演は予想の範囲内で、彼らの美男美女ぶり(お人形のようで本当にかわいい!)、そしてフレッシュなアンサンブル演技には心奪われた。わけても光ったのはキャリーだ。大人の世界に憧れ、自己主張ばかりの『17歳の肖像』とは一転、抑制の効いた演技を見せている。彼女のイノセントな存在感は際立ち、改めて大物ぶりを感じさせる。
ちなみに、先日発表された第13回英国インディペンデント映画賞で、本作は作品、監督(マーク・ロマネク)、主演女優(キャリー)、助演男優(アンドリュー)、助演女優(キーラ)、脚本(アレックス・ガーランド)の6部門で候補に挙がっている。特にキャリーは、昨年『17歳の肖像』で同賞を受賞しており、2年連続の受賞に期待がかかる。アカデミー賞に向けて、そろそろ本格的になる賞レースで、本作がどこまで伸びていくかにも注目したいと思う。

(ここからはネタバレです。映画をご覧になっていない方及び原作を読んでいない方はご注意下さい。)

キャシー(キャリー)、ルース(キーラ)、トミー(アンドリュー)の3人は、ある使命を果たすためにこの世に存在している。外見は普通の人間と同じ。喜怒哀楽の感情は当然のこと、食欲や性欲、そして誰かを愛し、愛されたいという願望だって持っている。でも、彼らは私たちとは異なる存在として、位置づけられている。中年と呼ばれる年齢になる頃には、この世に生きていることはないと言われている。彼らは臓器提供のために作り出されたクローン人間であり、「提供」を2~3回行えば、「終了」するという、過酷な運命を背負わされている。

枝葉の部分は多少省略されているものの、ストーリーはほぼ原作に忠実だ。違う点として目立つところは、映画では「提供」のための手術シーンを挿入していることだろうか。原作ではキャシーの語り口からルースやトミーに対して「提供」が実施されたことが分かるのだが、映画ではあえて、直接的にそのシーンを入れて、彼らの残酷な終焉を観客に知らしめている。特にルースが「終了」するシーンは痛々しい。臓器が取り出されて息絶えるが、その後、用済みとばかりに手術室にぽつんと取り残されるルースの体。それに我々は何を感じるのだろうか?彼らの運命を気の毒だと思うかもしれないし、行き過ぎた医療行為や加熱する遺伝子工学への反感を覚えるかもしれない。

ただ、ロマネク監督が「この映画ではラブストーリーを意識した」と語るように、クローン人間や臓器提供のあり方の賛否を問いかける映画ではない。ルースやトミーの「提供」シーンは、物語の悲劇性を高めるための手段に過ぎない。あくまでもキャシー、ルース、トミーの幼なじみが紡ぐ愛と友情の物語にフォーカスされている。男1人に女が2人という三角関係モノは、これまでの映画やドラマなどで語り尽くされた感もあるが、彼らの特殊なバックグラウンド――クローンゆえに短命である運命――が、愛憎渦巻くようなドロドロの三角関係ではなく、純度の高いラブストーリーとして成り立たせている。映像も全体的に淡いトーンで押さえているが、それが原作でのキャシーの静謐な語り口と重なり、切なさを倍増させる。

しかし、ラブストーリーに特化するのであれば、ラストのキャシーの自問自答――(健康を保ち、長寿を全うしたいがために臓器提供を受ける)普通の人間と私たち(クローン)との違いは何か――は不要であったように思う。クローンとしての運命を受け入れた上での彼女の問いが、運命を変えることができないことへの精一杯の抵抗であることは分かる。だが同時に、臓器提供のあり方やクローンの人権問題という、倫理面への疑問を投げかけるものだからだ。そうすると、監督の意図したラブストーリーとの整合性からずれているように思え、やや不満にも感じた。惜しむらくはこの点のみ。素晴らしい作品であることは否定しないが、重い社会性のテーマをはらんだ小説を、映画化することの難しさを見たような気がした。

Text by:富田優子
オススメ度:★★★★☆

製作国:アメリカ、イギリス 製作年:2010年
監督:マーク・ロマネク
脚本:アレックス・ガーランド
音楽:レイチェル・ポートマン
原作:カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」
出演:キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ、シャーロット・ランブリング、サリー・ホーキンス

第23回東京国際映画祭公式サイト: http://www.tiff-jp.net/ja/
『わたしを離さないで』公式サイト(海外): http://www.foxsearchlight.com/neverletmego/

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