【FILMeX】閉ざされたカーテン

これは映画ではある!~ジャファル・パナヒ監督、不屈の挑戦

閉ざされたカーテン(第14回東京フィルメックス・特別招待作品 )
カスピ海沿岸の別荘に一人の作家が作品を執筆するためにやってくる。愛犬を隠して連れてきているのだが、とても神経質になっている。家の窓という窓を黒いカーテンで遮光する。居間のテレビからは、都市の野良犬が駆除されているショッキングなニュース映像が流れてくる。大袈裟すぎる警戒は、このせいだったのか。夜中に一組の男女が訪ねてくる。兄妹であるというその二人は、政府当局に追われ逃げ場を探しているという。作家と彼らを繋ぐ唯一のものは、“犬の問題”のようだ。そうこうするうちに、女性の姿が家から忽然と消える。彼女は作家の幻だったのか・・・ストーリーテラーのジャファル・パナヒ監督らしい展開である。イランでは、犬を散歩させる行為は、西洋の破壊的な文化の蔓延といった考え方もあるので、これは単なる犬の問題ではない。2012年には、警察は犬の散歩問題の取り締まり強化を決定している。この問題なら家の中だけでも撮れる。これは、そんな考えでスタートした企画なのだろうか。

「検閲許可が下りなくて製作できなかった自作の脚本を読むだけなら映画製作とは言えないだろう」ということで作られた『これは映画ではない』(2011年フィルメックスにて上映)と較べると、今回はちゃんと俳優も使っており、正真正銘の“これは映画である”。もちろん、20年間映画の製作を禁じられていることには変わりがないので、秘密裏の撮影には違いない。とはいえ、2011年10月14日控訴審の判決では、自宅軟禁が確定していたことを考えると、今回は自宅から移動し、監督もしくは友人の別荘で撮影出来たことに、少しばかり安堵した。

ところが、である。「こんなんじゃ、現実なんて描けるわけがないじゃない」劇中の女性の一言が、画面にひびでも入れたかのように、突然作品世界が崩れていく。撮影中のジャファル・パナヒ監督自身がちらりと姿を見せたかと思うと、いつしか俳優たちは、監督自身の頭の中の幻となり、逆に監督の存在自体のほうが現実世界となる。『8 1/2』のように、現実とフィクションが錯綜し、監督の苦悩が浮き彫りになってくる。その中でも、劇中人物が海で入水自殺しようとするだけでなく、パナヒ監督自身によっても、そのシーンが繰り返されるのには、ショックを受ける。そこまで追い詰められていたのかと。

一方パナヒ監督が、撮影中に割れた窓ガラスの修理を頼む場面は、とても現実的である。知り合いを通じて、割れた理由を聞かないことを条件に仕事を頼むのは、映画撮影をしていたとは言えないからである。近所の人たちも泥棒が入ったのではないかとかと心配して、家を訪ねてくるのだが、彼らに対してもパナヒ監督は、今朝ここに着いたばかりで何も知らないと、嘘をつくのである。これらの場面は、劇中「私はもう必要ない」とフェイドアウトした作家役であり、共同監督としてもクレジットされているカンボジヤ・パルトヴィが撮影したものと思われるが、ここに映画製作の困難さを思い知らされる。

終幕、劇中では家の中から出られなかった犬が外を走り回り、傍には凧を揚げる子供たちの姿が映っている。これは監督自身の希望に他ならないのだが、それらが家の窓を通して、遠くに小さく見えるばかりであるというところに、まだまだ、夢が叶う日が遠いことが示される。それでも、『これは映画ではない』のラストに較べると、本作では遠いながらも、はっきりとその情景が見えているところに、微かな未来への希望が見いだせるような気がするのである。


▼作品情報▼
原題:Closed Curtain / Pardé
監督:ジャファル・パナヒ&カンボジヤ・パルトヴィ
脚本:ジャファル・パナヒ
出演:カンボジヤ・パルトヴィ、マルヤム・モガダッム
ジャファル・パナヒ
イラン / 2013 / 106分
※2013年ベルリン映画祭脚本賞受賞


▼関連ページ▼
【FILMeX_2013】『THE MISSING PICTURE(英題)』生きている以上は伝えなければならない
【FILMeX_2013】第14回東京フィルメックス最優秀作品賞は、『花咲くころ』に決定!
【FILMeX_2013】『ILO ILO(英題)』フィリピン人メイドがつないだ家族の絆
【FILMeX_2013】『祭の馬』震災、原発事故、数奇な運命を辿った馬の姿が伝えたこと。
【FILMeX_2013】『見知らぬあなた』夫婦の危機と中国社会分断の構図
【FILMeX_2013】『アナ・アラビア』小さな古い住宅地につづれ織られたふたつの民族、人間模様


▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/