【FILMeX】THE MISSING PICTURE(英題)(特別招待作)

生きている以上は伝えなければならない

(第14回東京フィルメックス クロージング作品/特別招待作品)

1975年4月17日、内戦状態だったカンボジアにおいて、ポル・ポト率いるクメール・ルージュが首都プノンペンを陥落。以後、国名を「民主カンプチア」として原始共産主義を掲げ、大多数の国民が強制収容され虐殺されていく。そんな時代に少年期を過ごしたリティ・パニュ監督の体験を基に本作は製作された。

こう書くと、さぞや目を覆いたくなるようなシーンが続くことかと思われるかもしれない。 しかしながら本作のきわめて特徴的な点は、リアルな人間が演じる映像はなく、ジオラマの中に配置した土人形を撮影したものと、当時のポル・ポト政権の記録フィルム(プロパガンダ映像)によって構成されている点にある。生々しいシーンは一切描かれていない。なぜこのような手法を採用したのか? それは、本作のタイトルであるL’Image Manquante、すなわち「失われたイメージ」に表されている。

そもそも、当時の政権が行った強制労働や虐殺と言った悲劇的な映像や写真は残されていないと言う。そればかりか、ポル・ポト政権以前に製作された映画や音楽などもことごとく廃棄させられていた。監督は、時の支配者により強制的に抹殺された「あの時代」のイメージを再現しようと試みる。その試行錯誤の果てに見いだされたのが土人形だ。監督自身の記憶を基に、そのままの人間が登場して映像を再現することもできただろう。しかし、映画の「語り手」は言う。あの残酷な状況を耐えるためには、この辛い記憶、イメージを消去するしかなかった。そうしなければ生きていけなかったのだと。

つまり、「失われたイメージ」とは政権によって抹殺された事実でもあるが、自身が抹消した耐え難いイメージでもあり、本作はそれを取り戻そう、新たに作り出そうとする試みである。表情豊かに彩色された土人形によって再構築された当時の風景。それと交錯されるのが、政府の残したフィルム……規則正しく動いていく軍隊、収容所でてきぱきと働く子どもたち、収穫される大量の米、プロパガンダとしての嘘の映像。どちらも「作り物」ではあるが、真実を表しているのはどちらなのか? この対比、この見せ方、この視点、見事と言うしかない。

階級のない原始時代こそ理想の社会という原始共産主義。国民は皆平等というものの、強制労働に駆り出され、家族は解体され、飢餓が襲う。教育の排除、知識人の抹殺、密告制度、医療という名で行われる人体実験、次々と死んでいく人々。数年間で国民の3分の1が失われた。たった数十年前の、一つの国の中で起こった出来事。愛らしく見える土人形の顔が、どんな俳優の名演技よりも雄弁に語りかけ、我々の想像力を掻き立てる。

上映後に登壇したリティ・パニュ監督は、「生きている以上は伝えなればならない」と語った。失われた記憶、失われたイメージをそのままにしてはいけない。残された者としての強い意志が、スクリーンから滲み出ていた。

▼作品情報▼
『THE MISSING PICTURE(英題)』
THE MISSING PICTURE / L’Image Manquante
カンボジア、フランス / 2013 / 95分
監督:リティ・パニュ(Rithy PANH)


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▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/