【FILMeX】アナ・アラビア

小さな古い住宅地につづれ織られたふたつの民族、人間模様

アナ・アラビア(第14回東京フィルメックス・特別招待作品 )

民族共生のテーマといえば、TIFFで上映された『ガザを飛ぶブタ』『もうひとりの息子』が、記憶に新しい。本作は、これまでにも、『ラシュミア谷の人々―この20年』等ドキュメンタリー作品で、ハイファ郊外のパレスチナ人とユダヤ人がよりそって暮らす地域を撮影し、両民族の共生をテーマにしてきたアモス・ギタイ監督のライフ・ワークとも言える作品である。ゆえに本作は、“ラシュミア谷の人々に捧ぐ”という献辞が着いている。元々この地では、アラブ人とユダヤ人が共生してきた歴史のほうが長い。それが1917年英国のロイド=ジョージ首相他によるバルフォア宣言によって、両民族の対立が創り出されたことが発端となり、それが崩れていく。

本作の舞台は、テルアビブ郊外のヤッファ地区とバットヤム市の境界にあり、その時代の名残をとどめたまま、まるで周りから取り残されたかのように存在している古い住宅地である。住宅の門の壁に、めり込み生育している古い木が、この地の歴史の古さを表すと同時に、別世界へと誘っているようにも見える。あるいはこの木は、彼らを静かに見守り続けてきたのであろう。

本作は、85分全編ワンカットの長回しによって作られている。我々観客は、若い女性ジャーナリスト、ヤエルと共に、迷宮に迷い込んだような感覚に襲われる。一見、ドキュメンタリーのようにも見えるが、人物が次々に画面に入り、話が途切れることがなく続いていくのを見ればわかるとおり、綿密に計算された上で、一気に撮りあげたフィクションである。永年取材してきたものを脚本の上に積み上げていったのだろう。話されている中身はフィクションでありながらおそらく真実もたくさん含まれており、映画としてはドキュメンタリー的であり、かつ人物の出入りの仕方は演劇的でもある。見事な映画術だ。監督の過酷な要求に応えたスタッフや俳優たちにも敬意を表したい。

この小さな空間には、まるでここが歴史の中心でもあるかのように様々な物語が織り込まれている。インタビューされる住民たちが語る話は、多分に文学的である。ナチスの収容所から生還した女性が、イスラム教に改宗しここの住人と結婚、数々の試練にもめげず、頑張ったという話が、ジャーナリストの当初の取材目的である。なぜそこまでしてふたりは結婚したのかという問いに、夫は6世紀のアラブの英雄アンタル物語を話して聞かす。混血で奴隷の身分だったアンタルが、敵部族が襲ってきたのを、ひとり闘い撃退し、その功によって自由民になったという話である。なぜそこまでする必要があったのか、それは恋するアブラを守りたかったからだと。「愛」の力が、偏見や困難を克服したのだという事実を、古い文学作品になぞらえているのである。

他にも色々登場する物語は、それひとつひとつが1本の映画になるほどの中身があり、民族の共生について、厳しい現実について色々と教えてくれる。ちなみにタイトルになっている『アナ・アラビア』は、劇中話の中に登場する人物の名前。アナはヘブライ語由来で「恵み深き」を表し、ここにも民族共生への願いが込められているようだ。ただラスト、初めてキャメラが住宅街から退いていって、その全景を見せるとき、彼らのささやかな願いと、現実の厳しさとのギャップを思い知らされるのが、多分リアリストであろうアモス・ギタイ監督らしい。



▼作品情報▼
原題:ANA ARABIA / ANA ARABIA
監督:アモス・ギタイ
脚本: アモス・ギタイ、マリ=ジョゼ・サンセルム
撮影: ギオラ・ベヤハ、ニール・バール
出演: ユバル・シャルフ、ユスフ・アブワルダ
   ウリ・ガブリエル
イスラエル、フランス / 2013 / 85分


▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/

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