【FILMeX】見知らぬあなた

夫婦の危機と中国社会分断の構図

(第14回東京フィルメックス・コンペティション部門)見知らぬあなた

「いつも乗っているエレベーターが開き、知らない人が乗ってくる。よく知っているはずなのに、初めてそこにいる感覚に襲われることがある」この作品製作の動機を、チュエン・リン監督はこのように語る。作品の中で知っていたはずだったものは、夫婦の関係であり街の風景である。

結婚生活7年目、女の子がひとりの家庭。よくわかりあっていたはずの夫婦の危機が、この映画のメインストーリーである。お互い愛し合っているから嫉妬し焦りを感じるはずなのに、この夫婦は相手のことをまるで考えていない。日常会話はルーティンに陥ってしまっている。「身体のために何時には寝なくてはダメでしょ」と、その時の夫の気持ちを無視、いつもどおりの言葉を繰り返すだけの妻。仕事は自分の領分、どうせ話してもわからないだろうと何も妻には伝えない夫。ある日気が付いてみたら、相手のことがまるで他人のように感じられる。ありがちというのは簡単だが、実際誰にでも起こりうる話である。

この話が現代風なのは、携帯やネットが夫婦の溝をさらに広げるところである。必要な時にお互い電話に出ないことが疑心暗鬼を生んでしまい、信用できなくなったふたりは、どちらもこっそりと相手の携帯の着信をチェックするという行動に出る。さらには、夫はネットカフェで見つけた「妻がいまだに高校時代のボーイフレンドで今は街一番の実業家になった男と付き合っている」という他愛ない噂のほうを信用してしまい、今目の前にいる本人の言動を、まったく信用できなくなってしまう。従来なら誤魔化しながらも、何とか家庭を保っていただろう夫婦が決定的に壊れて行くのに、ネットやお金が絡んでいるところが、この作品の肝と言える。

分断されているのは、夫婦だけではない。街も場所によってまるで違った様相を見せている。廃墟となった旧市街はまるで映画のセットと見紛うばかりの前時代的な佇まいを見せている。(実際に存在する場所で、監督自身が惚れ込み撮影プランを変更したという)何もない荒れ地では、住宅街が建設されようとしているし、新市街には、金ピカの娯楽施設が建っている。夫の働いている工場は、まるで自由主義経済が導入される前の工場然とした代物である。重慶に出てみれば、高層ビルが立ち並ぶその下では、家のない人たちが通路のあちらこちらにベッタリ横になり、一夜の宿をとっている。一方、主人公の友人の家具店に入れば、コテコテのヨーロッパ貴族趣味の家具が並び、成金たちの購買意欲を満たしている。実は主人公が工場のオーナーになり、家具を卸そうとしているのが、この家具店である。メイド・イン・イタリーを装って大儲けしようという寸法なのだ。

お金がなければ、路上生活になってしまう社会。身分証明がなければ何もできない社会。人間の口よりもネットがひとり歩きしてしまう社会。お金を出してもまがい物を掴まされるような社会。こうして見てくると、分断されているのはこの夫婦だけでなく、地域であり、社会階層であり、信用できないのは中国社会そのもののように思えてくる。実はチュエン・リン監督が視界に捉えていたのは、夫婦の危機の物語の延長線上の中国社会の危機そのものだったのではなかろうか。この夫婦の溝が、偽物の家具を作る工場のオーナーになりたいという目的に向かう中で、そこで関った中国社会を象徴するような人のために急激に深まっていくことが、それを象徴しているように思える。



▼作品情報▼
原題:Forgetting to Know You / 陌生(Mo sheng)
製作:ジャ・ジャンクー
監督:チュエン・リン
脚本:チュエン・リン
撮影:ユー・リクウァイ
出演:タオ・ホン、グオ・シャオドン、ツー・イー
中国 / 2013 / 87分


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▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/

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