【FILMeX】ILO ILO(邦題:イロイロぬくもりの記憶)

フィリピン人メイドがつないだ家族の絆

※『イロイロ ぬくもりの記憶』のタイトルで2014年12月13日(土)よりK’s cinemaほか全国順次公開。

ILO ILO
(第14回東京フィルメックス・コンペティション部門)
『ILO ILO』は、シンガポールに暮らす中国系の家族の物語である。金持ちとは決して言えないが、共稼ぎでそこそこの豊かさを享受している。10歳になる男の子は、いつも両親が留守であることによるフラストレーションからか、学校では問題行動を取ることが多い。仕事の途中というのに学校からしばしば呼び出しがかる母親は、そのことで頭を痛めている。そこでフィリピン人のメイドを雇い、子供の面倒をみてもらうことにする。時は1997年、本作はアンソニー・チェン監督の思い出を元に作られている。香港をはじめとする中華圏ではフィリピン人のメイドを雇うことがとても多く、この作品に共感する中華圏の人も多かったことであろう。

演出が丁寧で細やかである。当初の親子、メイドとの関係は、寝る時の形に象徴されている。部屋がないという現実的な理由から子供部屋のサイドベッド(ベッドの中に普段は仕舞い込まれているので子供より一段低い)をメイドの寝床にあてがってみたものの、それを嫌がった少年は、父母のベッドに滑り込んでいく。川の字になった時父親と母親は、ふたり同時に子供に背を向ける。メイドの置かれた立場、子供の彼女に対する態度、夫婦と子供との関係がいっぺんにわかる。かつて一緒に住んでいた祖父の壁に掛けられた遺影は、斜めにひん曲がり、それを直そうとしたメイドに少年は、触るなと言う。かつて母親と祖父の関係は必ずしも良好ではなく、彼は、祖父にきっと懐いていた事であろうことが想像できる。

夫婦という点では、先に上映された『見知らぬあなた』との決定的な違いは、お互いに信頼関係があるということだ。アジア通貨危機の影響で家庭が混乱し、一旦はふたりの信頼関係が崩れかけてしまうものの、メイドの喫煙疑惑を「自分が吸った」と夫がきちんと説明することで、それは解決する。妻もなぜ吸ったかということまでには踏み込まない。薄々その理由には気が付いており、夫も心配かけまいと苦労している以上、相手が話すまでは黙っておこうとする。その寸止め、相手への思いやりが、実は大切なのだ。

ただそんなふたりであっても、忙しく仕事をする事情もあり、息子との接し方には戸惑いを覚えている。結局少年が荒れるのは、スキンシップが足りなかったことに尽きる。それが証拠に、あんなに嫌い意地悪をしていたメイドと親しくなるきっかけもスキンシップを通してなのである。シャワーでふざけあった時、はじめて少年は彼女に打ち解けるのだ。それだけでなく、彼が人の死を興味本位にひやかした時、平手打ちさえ辞さないメイドの態度は見事だ。結局、少年は彼女から自分に欠けていた感覚、人の傷み、優しさを学んでいく。

おそらく、一家にはこれからも困難があることだろう。けれどもメイドのお陰で、彼らは、これからはバラバラになることはないであろう。実は、フィリピン人のメイドが家庭に入り、それによって子供の精神状態が安定してくるというドラマ自体は、これまでにもいくつか作られている。アメリカが舞台のルーカス・ムーディソン監督『マンモス 世界最大のSNSを創った男』もそうした部分を含む作品であった。これは、それだけフィリピン人が世界のあちらこちらで活躍していることの表れであろう。ただ、フィリピン人メイド自身も母であるケースも多く(『マンモス 世界最大の~』もそう)、国に子供を残してきている犠牲のうえで、それは成りたっているということも決して忘れてはならないのである。


▼作品情報▼
原題:ILO ILO /爸媽不在家
監督:アンソニー・チェン
脚本:アンソニー・チェン
撮影:ブノワ・ソーラー
出演:ヨー・イェンイェン、チェン・ティェンウン
アンジェリ・バヤニ
シンガポール/2013/99分


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▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/