【FILMeX】祭の馬

震災、原発事故、数奇な運命を辿った馬の姿が伝えたこと。

(第14回東京フィルメックス・コンペティション部門)
祭の馬作品の舞台となった相双ファームは、原発から20キロ圏内、福島第一原発が山端から見えるほどの距離のところにある。その惨状は、今年公開された『犬と猫と人間と2-動物たちの大震災』の牛たちとよく似ている。「最初は何も出来ずにただ撮影するしかなかった。ところが、数日後再訪した時に撮影していた中の2頭が死んでしまったということを聞いた。その時、本当はエサを与えるだけでも出来たのではないか。そうすれば2頭は死ななくて済んだのではないかと考えてしまい、それが映画を制作するきっかけとなった」と語る松林要樹監督。後悔の念をもって、その馬の死骸もしっかり撮影しているのが痛ましい。

元々相双ファームは、“活躍できなかった”競走馬をひきとり、相馬野馬追祭りに参加させる仕事をしていた。また、使えなくなった馬は食用として売ることで生計を立てていた。被曝した馬たちは、紆余曲折があったとはいえ、伝統行事にかかせないという理由で県外への移動が認められたことは、牛のケースより恵まれている。しかし、食用として馬を売ることで生計を立てていた牧場にとっては、馬は救えても収入が断たれてしまう。「それでも生きているんだから、殺すわけにはいかないよ」と語る牧場主の田中信一郎さんは、結局、国の殺処分の通達と闘い、保証金の当てもないまま馬たちの世話を続け、見事彼らを相馬野馬追祭りに送り出すに至る。

なぜ、彼らは自分の生活を犠牲にしてまで、国の方針と闘い馬を育て続けたのか。松林監督は、その答えを馬そのものに見つけようとしている。映画の後半では、人はあくまで馬の脇役の存在になってしまうのだ。「馬の姿に魅了された」松林監督のこの言葉は、おそらく本当のことだろう。新しく敷かれた藁に全身をこすりつける馬、エサが待ち切れず頭を上下に揺すって催促する馬、いななく馬の口元のその震え、彼らのひとつひとつの行動が丁寧に撮影されている。その中でも監督が特に関心を抱いたのは、怪我による化膿で男性器が異様に腫れ上がってしまった元競走馬ミラーズクエストである。「女性が乗ったら笑いものになっちゃうよ」などと言われていた馬、このような状態では、そのまま食用になっていたかもしれない馬が、皮肉にも原発の事故で生かされ祭りに参加するという数奇な運命をたどる。良くも悪くも人間に翻弄された馬である。

最初は毛並みも衰え痛々しく見えた馬が、体力の回復と共に生命力を取り戻していく様子が感動的だ。水を全身にかけられて気持よさそうに目を細めているその表情、久しぶりに厩舎から外に出され陽の光を浴びて外を走り回る、その足取りには喜びが溢れている。その瞬間確かに命が輝いて見えるのである。おそらく馬と身近に接している牧場主たちもそれを感じているのだろう。食用に出すことは構わない。命が無駄になるわけではないのだから。けれども、手をかけてきた馬たちが、殺処分になったり、飢え死にしたりするのは、憐れで耐えられないのである。

まつ毛の長い馬の目が画面いっぱいに写される。そこには、松林監督の姿も映っていたことだろう。もちろん他の人間たちの姿も。馬を写すということは、そこに反射する人間たちを見つめることに他ならない。原発を作りたくさんの命を殺すのも人間たち、自分の生活を犠牲にして馬を生かすのも人間たちなのだ。この作品は馬を通して、我々ひとりひとりに問いかけているのである。福島の原発事故の惨状を見てしまった私たちが、今後どう生きるべきか、ということを。



▼作品情報▼
製作:橋元佳子、木下繁貴
監督:松林要樹
撮影:松林要樹
日本 / 2013 / 74分
配給:東風
公式サイト:http://matsurinouma.com/
※12月14日よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー他全国順次
(C)2013 記録映画「祭の馬」製作委員会


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▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/