【三大映画祭週間】俺の笛を聞け

少年院の塀の外に見えるもの・・・

俺の笛を聞け メイン少年院の刑期があと2週間ばかりに迫ったシルヴィウ、ルーマニアの18歳の青年の10日あまりのドラマである。ほとんどが、少年院の中だけで物語は進む。施設の外には小高い丘があり、それがより世界と隔絶されたというイメージを強めている。出所後の彼のただひとつの希望は、自分が親代わりをしてきた弟といっしょに住めるということだけである。そんな中、弟によって意外なことが知らされる。8年間音信が途絶えていた母親が突然家に現れ、1週間後には、自分をイタリアに連れて行くというのである。このままでは、もう弟と会えなくなってしまう。彼は焦りを感じるのだった。

シルヴィウは少年院では、一目置かれた存在のようである。4年間、模範的な院生だったと、所長に言われているが、内実は、ただ力があるので仲間からチクられなかったというだけだ。そんな彼だからこそ、弟を失ってしまうという窮地に立たされたとき、思い切った計画を実行できたのだろう。一方その反面、彼は、好きになってしまった美人のソーシャルワーカーの前では、まるで子供のような一面も見せる。夢は、彼女とコーヒーを飲むこと。彼は、彼女が別の世界の人間であることもちゃんと理解している。そこがまた切ない。

シルヴィウがなぜこのような境遇になったのか。彼の今を写し出すこの作品には、そのことは断片でしか語られていない。しかし、会話の端々からそれを想像してみよう。

父親のほうは、入院中ということではあるが、存在感は薄い。おそらくシルヴィウの母親は、そんな夫に嫌気がさし、また経済的な理由もあって、彼を連れて家を出たのだろう。シルヴィウが生まれたのは1992年。丁度、ルーマニアが民主化へと舵を取り始めた年だ。彼の幼い日々というのは、今以上に混乱した時代である。そんな中、生活に困窮した彼女は、言い寄ってきた男に簡単にすがってしまったのだろう。結果は、それを見透かされ、子供を彼の父親の元に送り返す羽目になった挙句、捨てられてしまうのだった。こんなことが繰り返されたのちに、彼女は、そんな生活と決別するため、イタリアへ渡る。丁度、ルーマニアがEUに加盟したのである。加盟国の最貧国とも言われているこの国にいては自立できない。自立できたら子供たちを呼び寄せよう。そんな決心をしたのではなかろうか。

一方、シルヴィウは、そんな母親に憎しみを抱いている。彼とまだ赤ん坊だった弟を置いて、最後に家から出て行ったのは、彼が10歳の時である。頼りにならない父親を尻目に、弟を学校に行かせるため、彼は、街でひったくりや盗みをして生計を立てていたのではなかろうか。そして14歳にして少年院に入れられてしまう。「自分の人生をダメにしたのは母親だ」「弟まで自分と同じような人間にしてしまうつもりか」チャウチェスク政権の崩壊からEU加盟まで、そんな時代に翻弄され続けた母親の事情など、彼には関係ない。彼もまた時代の生んだ犠牲者であるというのに、そんな意識は彼にはないだろう。そこにこの物語の悲劇性がある。


▼作品情報
【三大映画祭週間2012】

『俺の笛を聞け』ベルリン国際映画祭2010年銀熊賞
原題:EU CAND VREAU SA FLUIER FLUIER
英題:IF I WANT TO WHISTLE,I WHISTLE
監督:フローリン・サーバン
主演:ジョルジェ・ピステラーヌ、アーデ・コンデスク
制作:ルーマニア・スウェーデン・ドイツ/94分

配給:熱帯美術館

8月4日(土)から、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催される「三大映画祭週間2012」にて上映。

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「三大映画祭週間2012」開催情報
■時期:8月4日(土)ー8月24日(金)限定3週間ロードショー
■劇場:ヒューマントラストシネマ渋谷(上映スケジュール
※テアトル梅田ほか全国順次公開
■料金情報:
5回券¥5,000,  3回券\3,900,  1回券¥1,500 (すべて税込)
当日券:一般¥1,800 / 大・高・専¥1,500 / 中学生以下・シニア\1,000(税込)
■公式HPアドレス:www.sandifestival.jp
■全作品デジタル上映


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