【FILMeX】これは映画ではない(特別招待作品)

それでも映画を作りたい!~イラン映画界の不幸な現実~

これは映画ではない1(特別招待作品)
イラン映画『白い風船』『オフサイド・ガールズ』といった優れた作品を監督したジャファル・パナヒは、最新情報によると、懲役6年映画製作禁止20年の刑が確定し自宅軟禁中の身となっている。これは、今年の3月に彼の一日の出来事を撮影したドキュメンタリー映画である。彼はこの時、保釈中の身であり、そのため全編彼の自宅内で撮影されている。しかしながら、この作品は、彼の置かれた状況の厳しさやイラン国内の現状までもが充分に伝わってくるし、かつユーモアも随所にあるうえにドラマチックでさえある。

『これは映画ではない』これはひとつには、彼自身が映画を製作すること、脚本を書くこと、その一切が禁止されているため、映画であっては困るという意味が含まれている。そしてこの作品は、ジャファル・パナヒ監督の心の奥底から湧いてきて、どうにも制することができない、映画への情熱から生まれたものである。「検閲許可が下りなくて製作できなかった自作の脚本を読むだけなら映画製作とは言えないだろう」友人の映画監督モジタバ・ミルタマスブを電話で呼び出し、その模様を撮影してもらうこととなる。

映画のストーリーはこうだ。大学に合格した娘が、父の猛烈な反対にあう。期限までに入学手続きをしないと、折角の合格がフイになるのだが、家族は、外からカギを締めて彼女を家の中に閉じ込め、旅行に出かけてしまう。いわば自宅軟禁だ。食料だけは祖母が届けに来るのだが、カギは彼女だけが持っているので、姉が家に訪ねてきても家の中に入ることはできない。窓から見える細い路地には青年がいつもそこにいて、こちらのほうを見ている。彼女はこれを恋と思い込むのだが、実は青年は家族に頼まれて彼女を監視しているだけだった…そんな内容である。

読むだけではつまらないからと言って、ジャファル・パナヒ監督は、絨毯にテープを貼って、彼女の家を再現する。ここが階段で、ここが玄関、ここが彼女の部屋というふうに。また、ロケハンしたときの家の写真、路地の写真、娘役にと考えていた女優(オーディションで選んだ一般の女性)の写真を見せ、こちらの想像力に訴えかけようとする。そのうえ読みながらショットの説明や、状況説明をしていくので、映像が目に見えてくるようである。監督の頭の中には完全に絵が出来上がっているのだ。それはそれでとても興味深い。

これは映画ではない2しかし、彼は途中でそれを止めてしまう。『これは映画ではない』…自分は何をやっているのだと。映画とはこういうものである。彼は自作のDVDをモニターに流し説明を始める。映画とは、監督自身も予測していなかった俳優のこの一瞬の素晴らしい表情(彼の作品では、素人が俳優に使われることが多いので逆にそういうことがおこる)、これがあってこそ映画だ!映画とは、ロケをしたこの風景、主人公の女性が足早に歩いて行く、この背景にある垂直の線(手前から遥か向こうにまで連なる幾何学的な窓枠)が、彼女の演技以上に心理状態を説明してしまうこと、これが映画だ!

彼は『Ayneh』(1997年・未公開)の一場面、バスを乗り間違えて途方に暮れているはずの少女が突然、「私はこの場所を知っているのに、もうこんなことはしてられない」といって役を投げ出してしまうNG場面をモニターに映し出し、自分の心境はこの少女と同じだと説明する。もう自分は、こんな役は投げ出したいと。せめて朗読風景を撮影することによって、1本の映画を残してみようという計画はこうして頓挫する。やればやるほど、映画への情熱がほとばしり、空しくなるばかりだったのだ。

それでもジャファル・パナヒ監督は、自らスマートフォンで撮影を始めてしまう。ベランダの外で上がる花火、自分を撮影しているモジタブ・ミルタマスブ監督を「やっぱり画像が悪いな」などと言いながら。その映画への情熱が偶然性を引き寄せるのか。あるいは、彼自身何かを引き寄せる力を生れながらに持っているのか、偶然の出来事が作品を彩っている。それがこの作品のすごいところだ。おそらく、電話で弁護士と今の状況について話をするシーンは、予定されていたことだろう。けれどもこの日行われていた「火祭り」を「これはイスラム教とは関係のない行事である」という批判しているニュースが流れていたり、大きな出来事として、日本の東北地方を襲った津波のニュースが流れたりするのはたまたまテレビに映ったものである。

また、自宅で飼っているイグアナや、階下の住人が飼っている犬、“ミッキー”が家を訪問し、それぞれにユーモラスな行動を取り、道化役を一手に引き受けてくれるのは、完全に偶然から生まれた幸運であろう。さらには、モジタバ・ミルタマスブ監督が、カメラを残して帰宅しようとドアを開けたところで、ゴミを収拾に来た管理人の青年とばったり遭遇してしまう偶然が、ドラマをひろげてくれる。ここでついにジャファル・パナヒ監督は、友人が置いて行ったカメラを手にし、青年へのインタビューを始めてしまうのである。エレベーターを降り、ゴミを収拾しながらの途切れ途切れの会話ではあるが、飽きさせることがない。またそれ以上に、初めて部屋の外に出たことによって、カメラに今までにない動きが出てくるのが面白い。

「カメラを持ってこれ以上外に出て、誰かに見つかるとまずいですよ」青年の声にはっと気がついたジャファル・パナヒ監督は、玄関のところで足を留め、道の向こうに見える火祭りの様子を撮影して映画は終わる。それは近いようでいて決して近付けない領域。まるで、監督と映画製作の現場の距離をも思わせるのである。こうした根っからの映画人が、20年もの長期間映画の製作を禁じられてしまったことの不幸、イランがそんな状況にあることについて、私たちはもっと目を開き、広く伝えて行く必要があると思う。

おススメ度:★★★★★
Text by 藤澤 貞彦



▼『これは映画ではない』作品情報
監督・脚本:ジャファル・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ
撮影:ジャファル・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ
出演:ジャファル・パナヒ、モジタバ・ミルタマスブ
原題:This is not a film
制作:2011年/イラン/75分

▼第12回東京フィルメックス
期間:2011年11月19日(土)〜27日(日)
場所:有楽町朝日ホール・東劇・TOHOシネマズ日劇 有楽座
公式サイト:www.filmex.net
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