【フィンランド映画祭】『グッド・サン』ザイダ・バリルート監督インタビュー

複雑な母と息子の関係を、切なくもいとおしく感じてほしい

ザイダ・バリルート監督

フィンランドの選りすぐりの映画を集めた「フィンランド映画祭2011」が角川シネマ有楽町(東京)で開催中だ。上映作品の一つ『グッド・サン』のザイダ・バリルート監督が来日したので、インタビューを行った。バリルート監督(写真から分かるように超美人!)は今年34歳、今後のフィンランド映画界を嘱望されている若手監督の1人だ。

トロント国際映画祭にも出品された本作は、女優レイラと長男イルマリの正常とは言い難い母子関係に迫ったもの。母親を純粋に愛するがゆえに、2人だけの世界を守ることに執着し、母親に近づく人間を排除しようとするイルマリ。特にレイラと肉体関係を持つアイモに対しては敵愾心むきだしだ。彼のその気持ちが抑えきれなくなったとき、思いもよらない事件が発生する・・・。イルマリの崩れゆく心の過程が、静謐なタッチで描かれているのが印象的だが、この物語の着想はどこから得たのだろうか?実際にフィンランドでこのような事件が起こったのだろうか?
そんな問いに対して、バリルート監督は本作を「まったくのフィクション」と言いつつも、「自分の知り合いに、必要以上に親をかばい、周りの人達に対して屈折した態度をとっていた人がいた」と打ち明けてくれた。「ふと周りを見回してみると、ややいびつな親子関係を築いている人が意外にも多くいることに気付き、そういう関係を映画化してみたいと思うようになった」。そんな思いから監督が脚本を書き上げるのに1年、製作に1年、計2年の歳月をかけて完成させた作品だ。

レイラには繊細な面もあり、エキセントリックな点もあり、気分屋でもある一方で、息子に対して限りない愛情を注ぐなど、非常に多面的な女性として描かれているのが特徴的。長男イルマリも純粋ゆえに母に近づくアイモに対して攻撃的な態度を崩さず、同時に母の奔放さに翻弄されていく。そんな母子関係を通して、監督は何を伝えたかったのか?
「実は、当初はアイモの視点からのレイラとイルマリの母子関係を描こうかと考えていた」という監督。でも「アイモを主役にしたら単なるキチガイの母子にしか見えないかもしれない。本当に伝えたかったのは、複雑で、様々な事情を抱えた母と息子が、厄介で面倒な人間であるけれど、不器用な生き方しかできないという、ある意味、気の毒な人であることを理解してほしかった。2人の関係は非常に屈折したものだが、彼らなりの人生を精一杯生きようとしている。そういう人間の弱さを、切なくもいとおしく感じてほしかった」と語る。

そのような人間の弱い部分を俳優陣が繊細に演じているが、どんな俳優さんなのだろうか?レイラ役エリナ・クニヒティラさんは、フィンランドでは有名で、コメディが得意な女優だが、監督曰く「今回はあえて今までとは違う役柄に挑んでもらった」。また、イルマリ役のサムリ・ニーットュマキさんについては「将来性があり、とても見込んでいる」。彼は、数年前に演劇の大学を卒業した若手有望株だが、エリナさんは実は、大学でサムリさんに演技を教えたこともあり、気心の知れた仲でもあったという。「この映画は小規模だし、登場人物も少ない。でも、とても濃密な現場だった。エリナさんとサムリさんが親しい間柄であったということも、とても良い方向に作用したと思う」と、撮影当時を振り返ってくれた。

バリルート監督(中央)は映画祭オープニングセレモニーにも登壇。『ラップランド・オデッセイ』のドメ・カルコスキ監督(左)と駐日フィンランド大使館ミッコ・コイヴマー参事官(右)とともに

さて、筆者にとって面白すぎて笑いが止まらなかったシーンがある(シリアスなドラマだというのに!)。それは映画の序盤、レイラの別荘に彼女の友人達が車で押しかけてくるのだが、車から全裸の男性が転がり落ちてくるシーンだ。彼の存在は何を意味していたのか・・・?どうしても不思議で、映画の本筋とは離れるが、あえて訊いてみた。
すると、監督は笑いながら「この映画は悲劇性のあるドラマという括り分けになるかもしれないけれど、序盤のシーンは笑いを誘いたかった」と答えてくれた。「人生って楽しいこと、辛いこと、苦しいこと、幸せなこと・・・というように様々な要素が混じって成り立っていると思う。そういうことを表現したかった」と、人生のエッセンスを映画で表現するために、必要なシーンであったという。

そして、そのシーンには、意外にも(?)ある重要な役割があったのだ。「普通の感覚を持つ一般人ならば、全裸の男性が倒れていたら、声をかけるなどの何らかのリアクションを起こすと思うけど・・・。でもレイラもイルマリも、その他の人達も、全裸男性をまったく無視。そのことによって、彼らは一般人とは別世界に属している人たちということを、観客に分かってもらいたかった」というのだ。確かにレイラ達が全裸男性を長時間放置しているというのは、甚だ不自然なことだ。彼らが一般人との常識からズレた人々だということを伝えるのに、十分なエピソードであった。

すっきり謎が解けたところで、インタビューの最後、バリルート監督の次回作について伺うと、「自分の仕事に誇りを持っているストリッパーの姉と、そんな姉を恥ずかしく思っている妹という正反対の姉妹の人生を構想中」と語ってくれた。本作に続き、複雑な家族の物語になりそうな予感がする。フィンランド映画界期待のバリルート監督の次回作となればこれまた楽しみだが、まずは『グッド・サン』を堪能いただければと思う。レイラとイルマリは、決して多くの人の共感を得られる人間ではないが、監督が「ぜひ注目してもらいたい」というラスト、レイラとイルマリの2人だけのシーンは、切なくて哀しいが美しい。

フィンランド映画祭2011では『グッド・サン』は10月5日(水)16:10と7日(金)16:10、のあと2回の上映が予定されている(詳しくは公式サイトでご確認を)。ぜひともフィンランドの新しい才能に触れていただきたい。

文:富田優子
写真:新田理恵、富田優子



《プロフィール》
ザイダ・バリルート
1977年生まれ。チェコにある名門FAMUを経て、UIAHで学ぶ。『Glass Jaw』『Heavy Metal』など数本の短編を手がけたのち、昨年本映画祭で上映された『僕はラスト・カウボーイ』(原題:Skavabölenpojat)で長編映画監督デビュー。同作は09年釜山国際映画祭フラッシュフォワード賞ほか、フィンランド・アカデミー賞音響賞を受賞している。現在、フィンランド映画界で今後の活躍が期待されている若手監督の一人である。

 


▼『グッド・サン』作品情報▼
監督:ザイダ・バリルート
脚本:ヤン・フォルストロム、ザイダ・バリルート
撮影:アヌ・ケラネン
製作:エッリ・トイヴォニエミ、ミーシャ・ヤーリ、マーク・ルヴォフ
キャスト:エリナ・クニヒティラ、サムリ・ニーットュマキ、エーロ・アホ、アンナ・パーヴィライネン
原題:Hyvä poika
88分/2011年

(物語)女優のレイラはスキャンダルから逃れるようにして、イルマリとウントのふたりの息子と共に湖畔の別荘にやって来る。しかし親子水入らずの平穏な時間も束の間、すぐに物足りなさを感じはじめたレイラは友人たちを招待して賑やかな週末を過ごすことに。しかもその中にいた作家のアイモは週末を過ぎても別荘に滞在を続け、レイラとの距離を縮めていく。エキセントリックな一面を持つ母親をひたむきに支えるイルマリにとって、親子の間に水をさすように現れたアイモは、ひたすら煩わしいだけの邪魔な存在でしかなかった。一方、アイモも決して心を開かないイルマリに対して、徐々に不満を募らせていく。


▼フィンランド映画祭2011概要▼
日時:平成23年10月2日(日)~7日(金)
会場:角川シネマ有楽町
公式サイト:http://eiga.ne.jp/finland-film-festival/

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