(ライターブログ)わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏

【映画の中のアート #27】情熱と使命と、未来への警鐘

久しぶりの更新となりました今回は、美術館が舞台となったドキュメンタリー映画です。これまでも、ロンドンのナショナル・ギャラリーやアムステルダム国立美術館、ウィーン美術史美術館、プラド美術館などの映画を紹介してきましたが、いよいよ日本の美術館、しかも世界遺産の指定をも受けている国立西洋美術館(以下「西美」)が登場です。

本作は、西美が改修工事で休館していた2020年10月から2022年4月の間に撮影されました。私も上野を頻繁に訪れますが、「西美が長期休館」との看板に「せっかくコロナの緊急事態宣言が明けたのに、なぜ今?」と思ったものです。休館は元々予定されていたとのことですが、本作により、普段は見ることができない「舞台裏」を見ることができました。

ところで私、一応学芸員資格を持っているのですが、美術館で働くというのはそれだけでもう羨望の眼差しです。しかも映画に登場するスタッフの方々は服装もみなファッショナブルで、肩から何気に下げているトートバッグ(ミュージアムグッズ?)すらオシャレだし、ユニフォームを着た修復の専門家や美術品運搬のプロフェッショナルたちもカッコいいと思ってしまう。そう思うのは決して私だけではないと思います。今更ながら、美術に関わる仕事って学芸員だけじゃないし、こういった仕事をもっと若い頃に知っていたら、その道を学ぶという選択もあったのかな……などと思います(遠い目)。一方で、移動の際の保護のため毛布やタオルでぐるぐる巻きにされた「考える人」「カレーの市民」などの彫刻たちは可愛らしく見えました(最近では仏像を展示する展覧会も多いですが、あれなんてどう運搬してるのでしょう?)。

さて、休館している間にも西美はフル稼働していたわけですが、本作の中で特に興味深かったのは①コロナ禍での作品購入②各地の美術館との交流③お金がない!の3点でした。

① 作品購入というと多額のお金が動くわけで、それだけでもスリリングですが、今回はコロナ禍のため現地で実物を見ることができないという状況下です。いやそれはもう怖いですよね。私たちだって、実物を見ずにネットで買うときは届いてみるまで少し不安に思うじゃないですか。いくら先方とオンラインで打ち合わせしてPC画面を通して観ても、です。実際に作品が手元に届いて確認するときの緊張は半端ないものを感じました。

② 各地の美術館との交流、特に休館中だからこそできる作品の貸し出しです。山形県出身の私にとって、本作に登場した山形美術館は通いなれた場所で、常設展示の吉野石膏コレクションの中でもクロード・モネの「サンジェルマンの森の中で」(1882)はポスターも購入するほど好きな絵画です。今回の試みでは、山形美術館のモネと西美のモネが並んで展示されていましたが、西美の研究員である新藤さんも語っていたように、1つの作品では気づかないことも2つ並べてみることでぐっと世界が広がります。(個人的にはこれの顕著な例が徳島の大塚国際美術館だと思っています。)各地に散らばった作品を繋ぐ役割というのも、美術館にはあるのですよね。

③ お金がない!これが本作最大のインパクトでした。今年1月、東京国立博物館の館長が「このままでは国宝を守れない」と緊急メッセージを発しましたが、国の芸術に対する予算がかなり縮小されているという厳しい現実があります。しかも、日本の美術館を会場にした企画展は民間の新聞社等との共催という形で行われてきた歴史があり、単独では実施できない形式になってしまっているとのこと。前館長の馬渕さんは「もしも新聞社が撤退したらどうなるのか……?」と語っています。入館料収入だけでは展覧会は成り立たない。今後、私たちは企画展という形で作品を見ることができなくなってしまうおそれがある。そればかりか、美術館という場所そのものがなくなってしまうのではないか? これは西美だけではなく日本の美術館が直面している「いま、ここにある危機」なのです。

冒頭で触れたように、美術館を舞台にしたドキュメンタリー映画はいろいろありますが、単なる展示作品の紹介ではなく、それぞれで切り口が異なっていて興味深いです。各美術館が設立にいたった歴史や背景、政府や市民とのかかわり、美術館で働く人々の真摯な姿、美術館の果たすべき使命。一方で、これらの映画はその国や市民が芸術に対してどのように捉えているかということも浮かび上がらせていると感じます。そういう点で、この作品は「わたしたち」に警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。

最後に。
映画の中で「日本美術よりなぜか西洋美術の方が好き」と語るスタッフの方がいたのですが、私もまったく同じで、美術に興味を抱いたきっかけは西洋美術の1つの絵画でした(世界史の教科書にモノクロで載っていた、ドラクロワの「ミソロンギの廃墟に立つギリシア」)。日本で西洋美術に関心を持つ者にとって、国内の美術館ではやはり初めに西美に接するケースが少なくないのではないでしょうか。松方コレクションを基礎とした西美のコレクションは、西洋美術のまとまった作品群を見ることができるアジアの拠点としても注目され、外国人観光客も多く訪れていると本作で知りました。とかく企画展に目が行ってしまいがちですが、今後は常設展も大事に見たいと思います。


▼作品情報▼
『わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏』
7月15日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
©️大墻敦

▼リンク▼
映画の中のアート♯8 みんなのアムステルダム国立美術館へ
集団肖像画を生み出したオランダならではの狂騒曲
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映画の中のアート♯9 ナショナル・ギャラリー 英国の至宝
F・ワイズマン監督の映し出す美術館
http://eigato.com/?p=20912
映画の中のアート♯13 グレート・ミュージアム ハプスブルク家からの招待状
ここで働くという自負
http://eigato.com/?p=27499
映画の中のアート♯23 プラド美術館 驚異のコレクション
ティツィアーノの詩想画(ポエジア)
http://eigato.com/?p=32777

 

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