ナショナル・ギャラリー 英国の至宝

F・ワイズマン監督の映し出す美術館 【映画の中のアート #9】

main前回記事『みんなのアムステルダム国立美術館へ』に続き、今回も美術館が舞台となった作品をピックアップ。ドキュメンタリー映画の巨匠として知られるフレデリック・ワイズマン監督が手掛けた本作です。

ナショナル・ギャラリー、いわゆる「国立の美術館」は各国にあるわけですが、本作の舞台はイギリス、ロンドンのトラファルガー広場に位置する美術館です。『007 スカイフォール』(2012)でジェームズ・ボンドとQが落ち合った美術館、と言えばピンとくる人もいるでしょうか。ターナーの絵画「戦艦テメレール号」を前にしたシーンです。(詳しくはこちら→【映画の中のアート #1】『007 スカイフォール』(1/2)~ターナーの名画の前で対面する007とQ)。ボンドが入館料払って律儀に名画の前で待ち合わせるなんて面白いと思うかもしれませんが、実はナショナル・ギャラリーは常設展のみ無料で入れるのです。常設展と言っても、所蔵品は約2300点。運営費は寄付で賄われているとのこと。「万人に開かれた」美術館-本作は約3か月間、ほぼ毎日撮影したそうですが、そういう方針を掲げている美術館だからこそ、成り立ったのかもしれません。私は行ったことがないのですが、観光客にとってもそれは嬉しいことですよね。

NationalGalleryサブ4さて、国立美術館というと、前記事のアムステルダム美術館ではまずオランダを代表する画家、レンブラントの「夜警」がどん!と鎮座しています。やっぱり国立美術館、目玉の作品があるわけです。では、ロンドンのナショナル・ギャラリーはどうなのでしょう。この映画の邦画タイトルも「英国の至宝」と謳っていることですし、英国絵画がたくさん登場するのでは……?  と思ったのですが、そこはちょっと違いました。上映時間が181分ある本作には数々の名画が登場しますが、その中で英国画家の作品は先述したターナーに馬の絵で知られるスタッブスくらい。実は英国絵画は「テート」(テート・ブリテン、テート・モダンなど4館)を中心に収蔵されています。これは、ナショナル・ギャラリー自体がそれほど大きくなく、収蔵しきれないということも起因しているのでしょう。ではギャラリーのコレクションはというと、これが目を見張るラインナップ。美術史上でも重要な位置にある画家たちの作品が揃えられてます。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、ティツィアーノ、ルーベンス、ホルバイン、レンブラント、フェルメール、カラヴァッジオ、ベラスケス、ゴヤ、ゴッホ、ピサロ、セザンヌ……。ヨーロッパの巨匠がズラリ。これは、ギャラリーの成り立ちや収集の歴史に寄るものでしょう。イギリスに拘っていない、一定の距離感と言うか。とにかく、ここに来れば大御所の作品が一通り網羅できるという感じです。このことは、監督が映画の舞台としてここを選んだ理由のひとつでもあるようです。

映画は、こういった作品群をただ映し出すのではなく、美術館で働くスタッフの仕事……観客に対する日々のギャラリートーク、デッサン教室、視覚障碍者らへの絵画体験、修復スタッフの取り組み、企画展(レオナルド展、ティツィアーノ展)の開催、予算についての会議、外部との折衝の様子とともに切り取っていきます。監督の従来の作品同様、ナレーションはありません。それでも伝わってくるのは、芸術に対する彼らの情熱、そして「ナショナル」を冠する者としてのプライド。芸術作品の面白さを伝えるのは自分たちだ、という使命感と言えるかもしれません。

Samson and Delilah例えば、学芸員がルーベンスの絵画を解説するギャラリートーク。女の膝でぐっすりと眠りこける男。胸を露わにしたまま男を眺める女。戸口には部屋の中を覗き込む複数の兵士たち。旧約聖書に登場する「サムソンとデリラ」(1609-1610)です。イスラエルの士師である怪力サムソンを誘惑したペリシテ人のデリラが、サムソンが眠っているすきに彼の弱点である頭髪を切るというシーン。しかしながらデリラには勝ち誇ったような態度はありません。学芸員は語ります。相手を誘惑しようとしているうちに、男を愛してしまったとしたら…? デリラがサムソンへ向ける視線、彼の背中に置く左手と、遠ざかろうとする右手。国のためと言う使命と男へ芽生えてしまった愛情。その狭間に揺れる女の心境を、ルーベンスは見事に切り取っている。しかもこの絵は当時のアントワープ市長が自宅に飾るために画家に依頼したとのこと。そこにはどんな意図があるのしょう? そのようにして見ると、美術は何と奥が深いのか! 描かれた場面や背景を読み取り、更には注文主やその作品が置かれた場所を知り、画家の意図を汲み取ることで、絵画は生き生きと観る者に語りかけてくる。芸術鑑賞の醍醐味を、この映画はがっちり捉えてるんですよね。

また、ナショナル・ギャラリーは5歳未満の子どもたちに対してのお話会(「マジック・カーペット」)も行っていて、彼らがカーペットにべたっと座り込んで聞き入っている光景も新鮮です。美術館はただの収蔵庫ではない。芸術家の手によってつくられた作品と、観に来る人々と、それを結びつけるスタッフとの繋がりによって形成される場。どれが欠けても成り立たないのだと感じさせられます。言うなれば、万人に開かれたこの「場」こそが英国の誇りであり、英国の至宝なのかもしれません。

一口に美術館映画と言っても、切り口は様々。2015年2月にはいよいよローマ・ヴァチカン美術館の映画が公開されます。こちらも本コーナーで紹介していきたいと思っています。

▼作品情報▼
『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』
原題:National Gallery
監督・編集・録音:フレデリック・ワイズマン『パリ・オペラ座のすべて』
出演:ナショナル・ギャラリーのスタッフほか/エドワード・ワトソン&リアン・ベンジャミン(英国ロイヤル・バレエ団プリンシパル)
2014/米・仏/英語/181分/日本語字幕:金関いな
後援:英国政府観光庁/配給・宣伝:セテラ・インターナショナル/宣伝協力:テレザ+サニー映画宣伝事務所
2015年1月17日[土]よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開
© 2014 Gallery Film LLC and Ideale Audience. All Rights Reserved.
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/treasure/

▼絵画▼
ピーテル・パウル・ルーベンス「サムソンとデリラ」(1609-1610)
ナショナル・ギャラリー/ロンドン、イギリス
Samson and Delilah
Peter Paul Rubens
http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/peter-paul-rubens-samson-and-delilah

▼関連記事▼
『レオナルド・ダ・ヴィンチ展 in シアター』美術展×映画のコラボ!世紀の展覧会がヴェールを脱いだ
(ライターブログ)【映画の中のアート #1】『007 スカイフォール』(1/2)~ターナーの名画の前で対面する007とQ
(ライターブログ)【映画の中のアート #2】『007 スカイフォール』(2/2)~モディリアーニとゴヤの災難
(ライターブログ)【映画の中のアート #8】『みんなのアムステルダム国立美術館へ』〜集団肖像画を生み出したオランダならではの狂騒曲

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)