みんなのアムステルダム国立美術館へ

集団肖像画を生み出したオランダならではの狂騒曲 【映画の中のアート #8】

みんなのアムステルダム国立美術館へ_メイン今回は、美術館そのものが題材となった本作をクローズアップ。全面改修が決まり、2003年に閉館したアムステルダム国立美術館。再オープンは2008年の予定でした。ところが思わぬ事案が持ち上がり、揉めに揉めて工事は延期。2013年に再開するまで、なんと10年も閉館していたことになります。

なぜそんなに紛糾したのでしょうか? 美術館の1階中央には誰もが通り抜けできる通路がありました。ところが、改築プランでは通りづらくなっている、改悪だと声が挙がったのです。「通路を救え」運動の急先鋒はサイクリスト協会。アムステルダム市民の足は自転車。美術館はエントランス設計の再検討を余儀なくされます。

国家予算を投入したプロジェクト。日本の場合、地域住民が反対しても「国立」なら官主導でぐいぐい押し切られそうな感じですが、これが全く違うんですね。カメラは、市民とのやり取りや公聴会の様子、美術館のスタッフ会議、業者とのやり取りなど実に近いところまで入り込み、ナマの声を捉えます。「客はシャレた入り口を見に行くんじゃない。絵を見に美術館に行くんだ」と訴えるサイクリスト。「このプランでコンペを勝ち抜いたのに。民主主義の悪用だ」とつぶやくスペイン人建築家。挙句の果てに館長は「忍耐の限界だ」と言って辞めていき、代わった新館長も「あのサイクリストどもめ」と不満を隠さず、ボツになったエントランス案を再燃させる始末。「通路も重要だがまずは美術館の再開だ」と切実に語るコレクション・ディレクター。このほかにも、展示方法や収集、美術館内部の壁紙の案件など問題は山積。振り回されるスタッフ。議論と妥協と合意を繰り返し、どうにかこうにかリニュアルオープンを果たしたときには、観ている我々も感無量……というわけです。

ところで、改修工事の延期の一番の原因となったサイクリストたちとの攻防。私は「集団肖像画」を生み出したオランダならではだな、と感じました。

集団肖像画と言う言葉は聞きなれないかもしれませんが、16〜17世紀に海外貿易により発展を遂げ市民が富と力を持ったオランダでは、職能集団や市民自警団などによる集団の肖像画の発注がさかんになりました。肖像画というと王侯貴族が単体あるいは家族で描かれるイメージがありますが、集団肖像画はこの時期のオランダで誕生し発展したジャンル。しかも画家に支払われる高額な報酬は構成メンバーの均等割。ゆえにみなを平等に扱い、みなを満足させなければならない。こういった依頼に応えるのが、画家の技量の発揮どころと言えるでしょう。

当時人気のあった画家にフランス・ハルス(1581(1585)-1666)がいますが、「聖ゲオルギウス市警備隊の士官たちの晩餐」(1616)は集団肖像画の特徴をよく表していると思います。みなが同じ服装でひとつのテーブルにつき、こちら側を見つめている……。注文主の求めとはこういうものだったと言えます。

夜警(1)そして、集団肖像画の中で一番知られているのは、アムステルダム国立美術館が誇る最も有名な絵画、レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の「夜警」(1642)に間違いないでしょう。正式なタイトルは「フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ラウテンブルフ副隊長の市民隊」。市民自警団がまさに出動しようとする、緊張と躍動を孕んだ一瞬を劇的に捉えた作品です。後に「レンブラント・ライト」と呼ばれる、左斜め上から差し込む光は中央の隊長と副隊長を照らし出し、重要な人物であることを観る者に指し示しています。レンブラントはこれまでとは全く違う次元の集団肖像画に挑戦したと言えるでしょう。ところが、この絵は注文主から怒りを買うことになります。だって、目立ってるのは中央の2人と脇にいる少女(モデルは画家の妻サスキアと言われている)ですから……。同じお金を払ってこの不平等な扱いでは、我慢ならない人々も出てくるわけです。

集団肖像画発展の背景にある市民の高い自負、そしてみなの権利を平等に貫こうとする精神。それは、数百年を経て本作で活写された、己の主張を展開しバトルし合うことを躊躇しない姿勢と通じるものがあると私は思います。もちろんそれは生易しいものではないし、アムステルダム国立美術館は、様々なものと折り合いをつけるのに非常に長い時間を要しました。でも、だからこそ、市民あっての、市民に愛される美術館となるのでしょう。ただの箱モノではなく、まさしく血の通った「みんなのアムステルダム国立美術館」なのです。

特定の人物にスポットライトを当てて物議を醸したレンブラントの「夜警」は、オランダ・アムステルダムの市民性を如実に表した作品とも言えるでしょう。今回もその市民性ゆえに10年間公開されなかったわけですが、そういう星の下にある作品なのかもしれませんね。これぞオランダの至宝と呼ぶにふさわしい絵画です。

▼作品情報▼
『みんなのアムステルダム国立美術館へ』
原題:『The New Rijksmuseum』
監督:ウケ・ホーヘンダイク
2014年/オランダ/カラー/97分/オランダ語・英語/DCP/日本語字幕:松岡葉子
配給:ユーロスペース
12月20日(土)より渋谷・ユーロスペースにて公開 他全国順次
(C)2014 Column Film BV
公式サイト:http://amsmuseum.jp/

▼絵画▼
レンブラント・ファン・レイン「夜警」(1642)
アムステルダム国立美術館/アムステルダム、オランダ
Militia Company of District II under the Command of Captain Frans Banninck Cocq
Rembrandt Harmensz. van Rijn
https://www.rijksmuseum.nl/en/search/objecten?s=objecttype&p=1&ps=12&f.principalMaker.sort=Rembrandt+Harmensz.+van+Rijn&ii=2#/SK-C-5,2

フランス・ハルス「聖ゲオルギウス市警備隊の士官たちの晩餐」(1616)
フランス・ハルス美術館/ハールレム、オランダ
Banquet of the Officers of the St George Civic Guard
Frans Hals
http://www.franshalsmuseum.nl/en/collection/collection/search-collection/banquet-of-the-officers-of-the-st-george-civic-guard-341/

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