007 スカイフォール(2/2)
さて、『007 スカイフォール』でもうひとつ、注目すべき絵画が登場します。ボンドは、敵を追って上海のとある高層ビルに潜入。しばらく見張っていると、敵が向かい側のガラス張りのビルにいる男を狙撃しようとします。狙われた男は、部屋に招き入れられて白い布が架けられたあるモノの前に座り、布がはぎとられて露わになった瞬間!ズドーン!!と背後からヤラれてしまうのですが……。
その「あるモノ」とは、鮮やかな赤を背景に、黄色い服を着て白い扇子を持った女性の肖像画のようです。遠目に見ても、長い首となで肩、アーモンド形の目が特徴的で、モディリアーニかなぁと判別できます。実はこれ、2010年5月にパリ市近代美術館から盗まれた絵画なのです。パリで活躍したイタリア人画家、アメディオ・モディリアーニ(1884-1920)による『扇を持つ女(ルニア・チェホフスカ夫人の肖像)』。この時盗まれたのは、この絵のほかにピカソ、マティス、ブラック、レジェの作品計5点。被害総額は史上2位とか。その後犯人は捕まりますが、作品は現時点でも見つかっていません。つまり、パリで盗まれた絵は上海にあった! ということなのです。
ここまで来ると、007シリーズに詳しい方々はピンとくるかもしれません。第1作の『007 ドクター・ノオ』(1962)にも似たような場面があるからです。潜入したドクター・ノオの屋敷で、初代ボンド(ショーン・コネリー)が画架の絵画を訝しげに見つめるシーン。その絵画とは、当時盗まれて行方不明だったフランシスコ・ゴヤ作『ウェリントン公爵』でした。1961年にロンドンのナショナル・ギャラリー(ボンドとQが対面した美術館!)から盗まれたこの絵は、1965年に無事に奪還されました。ゴヤ(1746-1828)はスペインが誇る3大画家のひとり。宮廷画家にまで上り詰めましたが、大病により聴力を失い、また母国スペインの独立戦争に翻弄されるなど波乱の生涯を生きた画家でした。描かれたウェリントン公爵とは、「ナポレオンを倒した男」として知られるアーサー・ウェズリー。数々の戦争で武勲を上げ、のちにイギリス首相にもなっています。ゴヤとはマドリード滞在時に交流があったとされています。イギリスはもちろん、フランス軍に蹂躙されたスペインから見ても、まさに英雄と言えるでしょう。その作品が、ナショナル・ギャラリーが購入したわずか数週間後にまんまと盗まれたことから大ニュースとなり、『ドクター・ノオ』にも登場したと言うわけです。
(しかし考えてみれば、#1で紹介したターナーとゴヤの生きた18世紀後半~19世紀前半はまさにナポレオンに振り回された時世。両者ともナポレオン率いるフランス軍を負かしたもの(テメレール号、ウェリントン公爵)を描き、その作品が007シリーズに登場しているのは興味深いことですね)
ということで、第1作同様、今回も絵画の盗難ネタが挿入されています。本作は50年を迎えたシリーズの「原点への回帰」が随所に表されていると言われていますが、これもそのひとつなのでしょう。ボンドがモディリアーニの絵画を盗品と気づいたかどうかは?ですが……。
一口に絵画の盗難と言っても、その目的は様々です。第1作では結果的に富裕なコレクターの手に落ちて私的な目的で飾られ、今回は命を狙われるような怪しげな取引をする男の手に渡ろうとしていました。実はターナーの絵も過去に盗難に遭い、数年後に戻ってきています(『影と闇-洪水の夕方』と『光と色彩(ゲーテの理論)、大洪水の翌日、創世記を書くモーセ』)。闇社会では、麻薬や武器と同じように盗まれた芸術作品が商品として流通しているという実態があります。初代ボンドのショーン・コネリー、5代目のピアース・ブロスナンがそれぞれ別の映画で絵画泥棒に扮しているのは面白い共通点です(『エントラップメント』(1999)、『トーマス・クラウン・アフェアー』(1999))。絵画泥棒や盗難絵画奪還を巡る攻防は映画のネタとしては格好の材料とも言えるのでしょう。
美術ファンとしては、モディリアーニの『扇を持つ女』も、ゴヤの絵のようにいつか無事に戻ってくることを期待したいものです。
戻る→【映画の中のアート #1】『007 スカイフォール』(1/2)~ターナーの名画の前で対面する007とQ
▼絵画▼
モディリアーニ『扇を持つ女(ルニア・チェホフスカ夫人の肖像)』(1919-1920)
パリ市立近代美術館/フランス、パリ
La Femme a l’Eventail (Lunia Czechowska) Amedeo Modigliani
ゴヤ『ウェリントン公爵』(1812-1814)
ナショナル・ギャラリー/、ロンドン、イギリス
The Duke of Wellington Francisco de Goya
http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/francisco-de-goya-the-duke-of-wellington
▼参考文献▼
・「ターナー-色と光の錬金術-」オリヴィエ・メスレー著 藤田治彦監修 遠藤ゆかり訳 創元社
・「『盗まれた世界の名画』美術館」サイモン・フープト著 内藤憲吾訳 創元社
・「ムンクを追え!-『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日-」 エドワード・ドルニック著 河野純治訳 光文社
・「ゴヤ」サラ・シモンズ著 大高保二郎、松原典子訳 岩波書店
▼作品情報▼
『007 スカイフォール』
監督:サム・メンデス
出演:ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム、レイフ・ファインズ、ジュディ・デンチ、ベン・ウィショー
2012年/米・英/143分
公式サイト:http://www.skyfall.jp/