007 スカイフォール(1/2)

ターナーの名画の前で対面する007とQ【映画の中のアート #1】

映画の中に、絵画や彫刻といった芸術作品が登場することってありますよね。私はそういうのが気になるタチなんで、結構見ちゃいます。何気なく置かれていたりしても、実は、おおっ!と思うような使われ方をしているものもあったり、その登場自体に意味があったり。芸術作品の背景や意味を知っていれば、より面白く映画が見れるかな?ということで、少しずつ紹介できればと思ってます。

さて、第1回目の作品は、愛すべき007シリーズの第23作、『007 スカイフォール』(2012)。第1作公開から50年という節目の年に公開された本作は、ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)が冒頭で誤って撃たれ水底に転落、所属している諜報機関MI6からは死亡したと処理されます。ところがボンドは生きていて、南国でそれなりに人生をエンジョイしていたものの、MI6のオフィスが攻撃されたニュースを見てロンドンに舞い戻り、任務に復帰する……という展開。

しかし、この「復帰」というのが、なんとも痛々しい。上司のM(ジュディ・デンチ)も仲間も歓迎ムードはなく「なぜ戻ったの?」と聞かれる始末。「アパートは解約したから戻るところなんてないわよ。私物は管理センターへ。独り身のエージェントが死んだときはそうするの」と放ったMの言葉に愕然としたボンドの表情は必見。任務復帰テストも、体力もなく狙撃も全然ダメ。一時のブランクがあるとはいえ「衰え」や「老い」を感じさせる描写は、歳を取ったエージェントは御用済みと言わんばかりなのです。

ターナー『戦艦テメレール号』(1839)

挙句の果てが兵器開発を担当するQ(ベン・ウィショー)との初対面シーンです。よりによって落ち合った場所がロンドン・ナショナルギャラリーのJ.M.W.ターナー作「戦艦テメレール号」の前。ターナー(1775~1851)と言えば、26歳でロイヤル・アカデミー正会員に選ばれるなど、若くして成功を収めたイギリスを代表する画家。晩年は人々に理解され難くなるも、最期まで自らの道を追求し続けます。この絵は彼が64歳の時に完成したもので、1805年にネルソン率いるイギリス艦隊がフランス・スペインを撃破したトラファルガー海戦で活躍した軍艦が、時を経て老朽化し、解体のために黒い煙を上げて走る小型船に曳かれていくさまを捉えています。新しいものに曳かれて引退していく姿は当時の人々に絶賛され、「まるでひとりの人間の晩年を見ているような痛切さ」と評されました。この、イギリス人ならば誰もが知っているであろう名作を前に、「まだニキビがある」青年Qは絵画の醸し出すモノ悲しさをしゃあしゃあと語りながら、ボンドに最新鋭の武器を手渡すのです(そもそも監視カメラの眼が光る館内ではありえないですが……)。

「世代交代」。Qとの対面後にボンドが呟いた言葉通り、このことが本作において繰り返されるテーマなのでしょう。

しかしながら、ターナーのこの絵画は、英語では“The Fighting Temeraire”と表記されています。そう、テメレール号はなおFighting、今も「戦っている」のです。タイトルに込められた思いが滲み出て、衰えを認識しながらも動き続けようとするボンドの姿に重なって見えてきませんか?

続く→【映画の中のアート #2】『007 スカイフォール』(2/2)~モディリアーニとゴヤの災難

▼絵画▼
ターナー『戦艦テメレール号』(1839)
ナショナル・ギャラリー/ロンドン、イギリス
The Fighting Temeraire  Joseph Mallord William Turner
http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/joseph-mallord-william-turner-the-fighting-temeraire

▼参考文献▼
・「ターナー-色と光の錬金術-」オリヴィエ・メスレー著 藤田治彦監修 遠藤ゆかり訳 創元社

▼作品情報▼
『007 スカイフォール』
監督:サム・メンデス
出演:ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム、レイフ・ファインズ、ジュディ・デンチ、ベン・ウィショー
2012年/米・英/143分
公式サイト:http://www.skyfall.jp/