『テイク・ディス・ワルツ』サラ・ポーリー新作のテーマは、本能とモラルの間で揺れる女心

最初に申し上げておくと、私はサラ・ポーリーのファンである。繊細な心理描写に長けた女優であり、監督だと思っている。『死ぬまでにしたい10のこと』や『あなたになら言える秘密のこと』などでも、独特の佇まいで、心の奥に闇を抱えた主人公の内面を丁寧に演じ、キャラクタ−に深みを与えていた。また、6年前に初めてメガホンを取った『アウェイ・フロム・ハー君を想う』では、アルツハイマーに直面した老夫婦の愛と葛藤を描いているが、20代の女性監督が扱うにはあまりにも渋すぎるテーマと、その完成度の高さに驚かされた。そして今作も、今まで同様、いや今まで以上に心の奥にズシッと響く作品になっている。本能と罪悪感の間で揺れ動く、一人の女性の葛藤を描いた物語である。

主人公のマーゴ(ミシェル・ウィリアムズ)と夫のルー(セス・ローゲン)は、結婚して5 年目。2 人の間に子供はいないが、仲睦まじく暮らしている。情熱やときめきは薄れつつも、穏やかな愛情に満ちた日々を過ごしていた。ある日、マーゴは仕事で訪れた島で、ダニエルという青年に出逢う。お互いに惹かれる合うものを感じながら、一緒に帰宅の途につくのだが、なんと、 彼は偶然にも自分の家のすぐ近くに住んでいたのだった。次第に夫とは正反対の彼に惹かれていくマーゴ。想いが募ったマーゴがとった行動とは・・・。

カップルの関係に新鮮さがなくなっていく状況を“成熟”と受け止めるか、或るいは、物足りなさや不安から“新鮮さ”を求めるか。その間で揺れまくるマーゴの心理描写が、驚くほど的(まと)を得ていて、心のツボにビシバシと入ってくる。まるで腕の良い鍼師に施術してもらっているかのよう(笑)。心の奥底に潜む、現実への不安やストレスといった、心の“コリ”をイタ気持ちよく刺激される、そんな感じだ。マーゴの葛藤する気持ちが、こちらにもジンジン、ヒリヒリと伝わってくる。
ドキドキさせられるストーリー展開なのに心地よさを感じるのは、心くすぐられるポイントが満載だから、というのもある。音楽や風景、小物たちがそのシーンにおけるマーゴの心情を雄弁に語っているが、雄弁なだけでなく、センスが良い。新旧が調和したレトロでモダンな町並みは、ポーリー監督の故郷であるトロントで撮影されたという。
フワフワとどこか危うげで不思議な魅力をもつマーゴを、ミシェル・ウィリアムズが嫌みなく演じている。下手したら“イタい”女性に成りかねないキャラなのに、そうならないのはさすが、マリリン・モンローをも演じた実力派女優のなせる技だろう。加えて特筆すべきは、ダニエル役のルーク・カービーの魅力だ。彼の情熱的なまなざしはストーリーに説得力を与えている、と言っても過言ではない。

監督は、「人生に何かが欠けていると感じると、新しい人生に踏み出すことで空虚感を埋めようとするのは何故だろう」という疑問から本作を撮ったという。資料によると、監督は「自伝的な物語ではない」ときっぱり否定しているが、それでも、監督自身が経験した感情が少なからず盛り込まれているのではないかと邪推してしまうのは、前作と違って生々しさを感じるから。マーゴというキャラクターを通して、前述の疑問に対する想いを誠実に映像表現したという印象だ。

8月11日(土) ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ、ほか全国順次公開

監督・脚本・製作:サラ・ポーリー
出演:ミシェル・ウィリアムズ、セス・ローゲン、ルーク・カービー、サラ・シルヴァーマン
原題:Take This Waltz
制作:2011/カナダ/116分
配給:ブロードメディア・スタジオ
公式サイト:http://takethiswaltz.jp/
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