【未公開映画ファイルVol.1】マンモス 世界最大のSNSを創った男
【なんでこれが劇場未公開?】
DVDのパッケージは、『ソーシャル・ネットワーク』によく似ている。人物の顔のアップに、キャッチ・フレーズの文字がかぶっている。『ソーシャル・ネットワーク』が「天才、裏切り者、危ない奴、億万長者」なのに対して『マンモス』は、「仕事優先、ネットベンチャー、億万長者、父親失格」。サブタイトルも「世界最大のSNSを創った男」とあり、いやでも連想してしまう。けれどもこの作品では、主人公が創ったというSNSの内容については、触れられることがない。SNSは、たまたま主人公がしていた仕事に過ぎず、むしろ、そのビジネスの成功と引き換えに、彼が家族との絆を犠牲にしているということが、この作品の本題なのだ。
キャストは、メキシコが生んだ世界的スター、ガエル・ガルシア・ベルナル、『ブロークバック・マウンテン』のミシェル・ウィリアムズ。このふたりの顔合わせで劇場未公開になってしまうのか…という気もするのだが、主要舞台はニューヨークであるにも関わらず、意外にも純粋なスウェーデン映画。やっぱりアメリカ資本の作品と違い地味すぎると判断されたのだろう。
監督は、スウェーデンでは「ベルイマンの息子」(本人は孫くらいと言っている)と評されている、ルーカス・ムーディソン。スウェーデンでは、最も実力のある監督のひとりなのだが、いまだ日本での公開作は『ショー・ミー・ラヴ』『エヴァとステファンと素敵な家族』の2本だけ。つい最近、「トーキョーノーザンライツフェスティバル」で旧作『リリア4-ever』が本邦初上映され、こちらも好評を博したのだが、なぜか日本では恵まれない監督である。そう考えると、本作品は『ソーシャル・ネットワーク』があったからこそのDVD化、マーク・ザッカーバーグには感謝しなければならないのかも。
【レビュー/世界の繋がりと家族のかたち(遠い家族、小さな世界)】
ニューヨークの高級マンションの朝、人気ゲームサイトの創始者レオ(ガエル・ガルシア・ベルナル)は、自分の作ったプログラムを売るため、バンコクへ飛び立つ準備をしていた。一方、妻エレン(ミシェル・ウィリアムズ)はER勤務の救命医。夜勤明けで、ベッドの中でまどろんでいる。彼らの7歳の娘は、フィリピン人の家政婦グロリアにすっかり懐いている。この朝も、彼女にプラネタリウムに連れてってもらえるということで大喜び。家族それぞれのセパレートな生活は、こうしていつも始まるのだった…。
共に仕事が忙しすぎるのだ。ER勤務の妻は当然のことながら勤務時間が不規則になってしまう。SNSのビジネスが成功した夫は、契約のため頻繁に海外を飛び歩いている。エレンは、娘がフィリピン人の家政婦グロリアに懐いているのをありがたく思う一方、母であることについて、自信を失っていく。夫も、自分が好きで始めた仕事の成功と引き換えに、それに束縛されることに、ストレスを感じている。また、愛している家族と過ごしたいという思いが逆にストレスになり、そこからも逃げ出したくなってしまう。タイの海辺で自由な空気を吸い、一夜を共にしたタイ人の娼婦とこのままどこか遠くへ行ってしまいたいと、熱に浮かされたように夢想してしまうのはそのためだ。夢の実現は、自分の居場所をみつけるための行動とも言えるものだが、いざ実現してみれば、犠牲を伴い、決して居心地の良いものではなく、そこからも逃げだしたくなってしまう。これも現代の社会が抱える問題なのかもしれない。
スウェーデンは、女性の社会進出が非常に進んでいる国で、その多くが自分の子供の世話をしてくれる家政婦を雇っている。もちろん、フィリピンからではなく、東欧やバルト諸国の移民労働者ということになるのであろうが、ルーカス・ムーディソン監督はそのような状況をヒントにこの作品を作っている。さらに彼は想像する。雇われた家政婦たち、彼女たち移民労働者もまた自分たちの子供を残してきているという事情があることを。では彼女たちの子供はどうなるのか…。
家政婦グロリアもまた、フィリピンに子供を残してアメリカに出稼ぎに来ている。子供たちに不自由のない暮らしをさせてあげたい。子供たちにちゃんとした学校に行かせてあげたいという思いからだ。自分の国で働いていたら、子供ふたりに、お婆さんの4人家族、女手ひとつでは食べることさえままならないのである。子供たちとの唯一の繋がりは、携帯電話のみ。その子供たちが母親を恋しがり電話の向こうで泣いている。「神様は、子供たちと離れて働いていることをお望みではないのではないか。自分はこんなところにいるべきではないのではないか」毎日迷いながらも、そこにとどまり続けなくてはならない。
「私は世界のつながりについて興味があります。我々は、子供たちの世話をするために誰かを必要としています。それ自体は悪いことではないのですが、それはすぐに利己的利用に成りえるものでもあります。」(ムーディソン監督)
今世界は、以前にも増して経済的なつながりが大きくなっている。その関係が密接であればあるほど、豊かな国と貧しい国との格差は広がっていく。当たり前のことであるが、そのどちらにも生活をしていかなくてはならない人たちが住んでいるから、労働力もお金といっしょに貧しい国から豊かな国へと流れて行く。そうした中で生まれてくる、異国同士の人と人との関係は、当然対等なものにはならないだろう。
タイトルになっている「マンモス」とは、契約時のサイン用にとレオのビジネス・パートナーが彼のために買ってきた最高級の万年筆のこと。材料にシベリアで発見された凍結マンモスの象牙が使われているという代物だ。これは、どこか人間の奢りを象徴しているように思える。また、のちにこの高価なペンが、価値のわからない人たちによって二束三文で売られていってしまう。明日の食糧のために。そうした意味でこのペンは、豊かな国と貧しい国、それぞれの国に住む人たちの奢りと卑屈、対等ではないそのつながりをも象徴している。実際にタイでは、豊かな国のビジネスマンたちは、金に明かして文字通り横暴な振る舞いをしている。バンコクの女性はそうした男たちを相手に売春をしているのだ。大抵が貧しい家の出身で教育もなく、家族や小さな自分の子を養うためである。家政婦のグロリアよりも悲惨な状況がそこにある。
(以下エンディングに触れています)
最後に、エレンとレオ、グロリアはそれぞれの本来の居場所に帰っていく。エレンは、娘とプラネタリウムに行き、子供と時間を共有することの幸せを噛みしめる。タイに出張していたレオは、自分の居場所はやはりニューヨークの自宅にこそあると再確認して、帰ってくる。「しばらく娘と一緒に過ごそう」と。フィリピン人の家政婦グロリアは、やはり子供にとって、自分が傍にいてやることこそが一番大切という結論に達し、もう二度と出稼ぎにはいかないと息子に誓う。
それぞれが自分の居るべき場所に帰っていくという点では、一見ハッピー・エンドに見えるエンディングだが、実はとんでもない。「また新しい家政婦を探さなくてはね」というエレンの何気ないひとことが示すように、レオとエレンのふたりは、2週間後には、また元の生活に戻っていくだけなのである。慣れ親しんでいた家政婦を失い、新しい家政婦と家で過ごさなくてはならない子供にとっては、以前より寂しい生活が待っているかもしれない。フィリピンで家族がひとつ屋根の下に暮らすことになった一家の未来も決して明るいものではない。グロリアは果たして簡単に仕事を見つけることができるのか。また、例え見つけたとしても、一家の暮らしは苦しいことに違いはなく、子供たちがちゃんと学校に通い続けられるかどうかもわからない。そうなった時、彼女は再び出稼ぎに行く可能性もあるだろう。この状況は、おそらく世の中の構造が変化しない限り何も変わらないだろう。そうした意味では、この映画のラストには救いがない。むしろ非劇の匂いさえするのである。
おススメ度:★★★★☆
Text by 藤澤貞彦
【原題】MAMMOTH
【製作】 ラーシュ・ヨンソン
【監督・脚本】:ルーカス・ムーディソン
【撮影】マルセル・ザイスキンド
【出演】ガエル・ガルシア・ベルナル、ミシェル・ウィリアムズ
マリフ・ネセシト
【2009年/スウェーデン・デンマーク/121分】
【発売元】トランス・フォーマー
【発売日】2011.3.4
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