『屋根裏部屋のマリアたち』フィリップ・ル・ゲイ監督インタビュー

社会問題としてよりもコメディの部分を大事に

フィリップ・ル・ゲイ監督

1960年代のパリを舞台に、ブルジョワ階級の株式仲介人ジャン=ルイ(ファブリス・ルキーニ)と、彼のアパルトマンの6階の屋根裏部屋に暮らすスペイン人のメイドたちの、階級的には接点を持つことはなかったはずの両者の交流を、笑いと涙で包んだ『屋根裏部屋のマリアたち』。フィリップ・ル・ゲイ監督はブルジョワ階級の出身であり、幼い頃にスペイン人のメイドと暮らしたという実体験から着想を得た作品だ。今回、ル・ゲイ監督のインタビューを行ったので、以下にお届けする。

●フランスから見るスペイン
60年代はフランコ独裁政権の影響で、多数のスペイン人が仕事を求めてフランスに渡ってきた時代。ジャン=ルイの妻(サンドリーヌ・キベルラン)ら、ブルジョワ階級のマダムたちが「メイドに雇うなら文句を言わないスペイン人よ」とおしゃべりするように、フランスがスペインを見下した感も漂っている。果たして、現在のフランスではスペイン人に対する見方は変化しているのだろうか?

ル・ゲイ監督は、「60年代は、スペインは隣国ながら遠い存在のように思えました。カトリック教会が力を持ち、独裁者がいて、人々は決して裕福ではないという、まるで19世紀のようなイメージだったんです。でも今は、先日のサッカー欧州選手権(ユーロ)ではスペインが優勝したし、サッカー以外でも(ペドロ・)アルモドバルに代表されるような世界的映画監督も輩出しているし、文学や建築の分野でもダイナミックに発展していて、すごいと思います」と尊敬の念。続けて、そんなエネルギッシュな国、スペインの女優と一緒に仕事をしたいということも、本作を企画した理由の一つだと明かしてくれた。「彼女たちは本当に生き生きとして、とても情熱的でした」。

確かに、ジャン=ルイと心を通わすメイドのマリア役のナタリア・ベルベケや、アルモドバル映画でも活躍するカルメン・マウラはじめ、本作でのスペイン人女優の輝きは、ジャン=ルイだけではなく、観客をも虜にしてしまうほど、魅力的だ。監督はそんな彼女たちのキャスティングについて、「マドリードに3~4週間ほど滞在して、現地のキャスティグディレクターと一緒に、25歳くらいから60代までの多くの女優に会って決めました」と話してくれた。

●主人公にとって、大切な場所
ル・ゲイ監督が本作で特に重要視したシーンについて訊ねてみると、「ジャン=ルイが屋根裏部屋で一人になるシーン」と答えてくれた。その理由とは?

「家出をしたジャン=ルイが、屋根裏部屋でマリアたちと住むようになります。ここでの彼の部屋は、子供時代のものに囲まれています。彼はきっと両親に愛されず、幼い頃から寄宿舎に入れられ、子供らしいことを実際に経験していないのです。部屋で一人になったときにはじめて自由を手に入れ、ようやく自分自身を見つめることができた。自分の生きてきた世界に違和感を覚え、違う世界へ飛び込もうと考えるシーンです。映画においてもこのシーンが、彼の人生の分岐点になっていて、とても大切な場面です」。

そんなジャン=ルイに対してメイドの一人、共産主義者のカルメンは、なぜブルジョワの彼が快適な暮らしを捨てて、不便な6階で暮らそうとするのか理解できないと語るシーンも印象的だ。ジャン=ルイの妻の価値観からしても、夫の行動は常軌を逸している。でも人が何と言おうと、「“彼にとっては”そこが大切な場所なのです」。

●現在のアフリカ系移民問題との共通点は?
最近のヨーロッパの映画では、アフリカ系移民との間に生じる偏見、差別を越えた交流を主軸にした作品が多いように感じていた。フランスを舞台にした映画であれば『最強のふたり』(9月1日公開予定)、『ル・アーヴルの靴みがき』(公開中)などが該当するだろう。本作は60年代が舞台で、スペイン人が対象とはいえ、描こうとした意図は、それらと同じ印象を受けた。このように異なる者同士の邂逅を描いた映画が多くなった背景に何があると、ル・ゲイ監督は考えているのだろうか。

監督は、「現在の移民問題は、フランスにおいて大きな社会問題であり、非常にセンシティブな問題だから、現在の世相を反映する映画が自然と増えているのでしょう」としながらも、現在のアフリカ系移民と60年代のスペイン人のケースは、同列に扱うことは困難と指摘。その主な理由としては、「スペインとフランスは同じカトリックの国であることが大きい」との分析だ。また「当時のスペイン人メイドは、フランス社会に新しい文化を持ちこみました」とも。

例えば、ジャン=ルイがメイドたちと食卓を囲むシーンでは、パエリア(とっても美味しそう!)が登場する。パエリアもスペイン人の移住が起こる前は、フランスでは見られなかったものなのか?
「多分そうだと思います。食べ物だけではなくライフスタイルも同様です。フランスだときっちり夜8時に夕食をとるような習慣がありました。でもスペインではそこまで杓子定規ではなく、ゆるやか。そういう新しい生活様式がもたらされたんです」。
映画のなかでも、ジャン=ルイ夫妻の食卓は静寂なのに比べると、メイドたちの食卓は感情丸出しでいつも賑やか。そんな対比の描写も興味深い。
それでもル・ゲイ監督は、物語そのものを楽しんでもらえることを望んでいる。「この作品は人種間、階級間の問題を背景にしていますが、社会問題としてよりもコメディの部分を大事に考えました。日本の皆さんがそんなユーモアを理解してくれることを願っています」。

(後記)
インタビュー中にユーロの話題が出たので、準々決勝フランス×スペイン戦の感想も聞いてみたところ、ル・ゲイ監督は「(ライブでは見ていなかったけれど)スペインは強かったけど、フランスのパフォーマンスは良くなかったよね」とバッサリだった。
本作は、主人公が従来自分の生きる世界(ブルジョワ階級)から、異なる世界の扉を開け、異文化コミュニケーションに揉まれながら、自分を見出そうとする物語。時代も国も違えども、自分の生きる場所探しは、今も多くの人が悩んでいる問題ではないだろうか。50年前の物語ながら、非常に親近感を覚える映画だ。監督自身がスペイン人メイドと暮らしたこともあるということも起因しているのだろうが、スペインへの敬意や愛情も伝わり、それが本作の優しさや温かみに繋がっているように感じた。本作はフランスで220万人動員の大ヒットとなったが、日本でも多くの人から愛される作品になることは間違いないだろう。

▼プロフィール▼
フィリップ・ル・ゲイ Philippe Le Guay
1956年パリ生まれ。国立映画学校IDHECを卒業後、ニコル・ガルシア監督の処女作”15 Août”に脚本参加、1989年には初の長編第1作”Les Deux Fragonard”を発表する。その後、俳優も務めながら多くのTVドラマを監督。1995年に長編第2作『ジュリエットの年』(未)を手がける。その後、『ナイトシフト』(01/未)、”Le Coût de la vie”(03)、『一夜のうちに』(06/未)などを次々と発表。『屋根裏部屋のマリアたち』は6本目の劇場長編作品となる。新作はファブリス・ルキーニとランベール・ウィルソンを迎えた”Alceste à bicyclette”。

▼作品情報▼
監督・脚本:フィリップ・ル・ゲイ
出演:ファブリス・ルキーニ、サンドリーヌ・キベルラン、ナタリア・ベルベケ、カルメン・マウラ
2010年/フランス映画/フランス語・スペイン語/106分
原題:Les Femmes du 6e étage
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:http://yaneura-maria.com/pc/
Ⓒ Vendome Production – France 2 Cinéma – SND All rights reserved.
7月21日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!

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