【フランス映画祭】6階のマリアたち

5階と6階の間にある扉の重さ

6階のマリアたち

※『屋根裏部屋のマリアたち』のタイトルで、2012年7月Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー!

1960年のパリ。まだ旧き良き穏やかさが漂うパリ。しかしまもなくフランスでは、五月革命が起こるはずで、そんな匂いも会話の中にちょっと漂うパリが舞台。「フランス人家政婦は休みを要求するし、権利ばかりを主張するようになったから、スペイン人はいいわよ。良く働くし、週一回ミサに行くことだけで満足してるのよー」これは株式ブローカー、ジャン=ルイ(ファブリス・ルキーニ)の奥さま(サンドリーヌ・キベルラン)とその友人たちの会話。まだ、この時代の移民の主役はアルジェリア人ではなく、スペイン人たち。フランコの独裁体制がこのまま永遠に続くかと思われたこの時代、稼げない夫たちを置いて、たくましきスペイン女性たちは、フランスに出稼ぎに来ていたのだ。

永年仕えてきたフランス人家政婦を首にして途方に暮れていた奥さまは、友人たちの言葉に飛びつき、さっそくスペイン人家政婦を雇うこととなった。彼女らしいのは、紹介所に居並ぶ求職者たちの一群から人を選ぶのに、いかにもスペイン人のおばちゃんといった感じの人ではなくて、まだ若くて「清潔そう」な女性マリア(ナタリア・ベルベケ)を選んできたことだ。それにしても、こんな女性が家に入ってきたら、ジャン=ルイ氏がひとたまりもなく恋をしてしまうことくらい誰が見ても明らかである。けれども、だんながスペイン人に恋するわけがないという、奥さまの「偏見」という名の思い込みが、彼に幸運?をもたらしたのだ。

初めて開かれるアパルトマンの6階に通じる扉、そこは5階で優雅に暮らすフランス人たちには、想像のできない世界。そこに6人のスペイン人家政婦たちが暮らしている。部屋はいかにも天井裏といった感じで、ベッドを置くのがやっとといった狭さ。共同トイレは詰まっていて使えないし、シャワーはお湯もでず、廊下も暗くて狭い。そんな中でも彼女たちは、いつも元気でパワフルに暮らしている。(マリアの叔母役が、アドモドヴァル映画でお馴染、カルメン・マウラというのが、またとても嬉しい) 誰かが困っていれば、ワーッとみんなで寄ってきて、たちまちのうちに問題を解決するその暖かさが心地いい。あるいは、貧しくとも、飲んで笑って食べて泣いて踊って、常に思いっきり生きるその姿はたくましく、生命力に溢れていてすがすがしい。

一方5階の住人。「今日の私の一日の出来事聞いてくれないの」と奥さまが問えば、だんながたちまちにして、「何時にこれこれ、何時にあれこれ」と答えてしまえるほどの硬直した生活。忙しい、忙しいと言いながら奥さまがしていることは、美容院に行ったり、ブリッジをして無駄話に興じたり、パーティーの予定を練ったりといった、どうでもよいことばかり。もっとも大切にしていることは家の体裁といったところだろうか。

5階と6階、この扉をひとつ隔てただけの世界の対比が鮮やかで面白い。ジャン=ルイ氏は上の階と下の階を行きつ戻りつするうちに、自分の生活に疑問を感じて行く。それは次第にエスカレートしていき、周囲を驚かすことになるのだが、彼にとっては当たり前の流れにしか感じていなかった。そのギャップがこの作品の笑いのツボになっている。そもそも、ジャン=ルイ氏の仕事は、元々は家業を継いだもので、彼はなんの疑問も持たずに与えられた生活に満足をしていた。彼女たちへの興味も、最初は単なる好奇心に過ぎなかった。けれども、6階の小さな部屋で生活する中で、少年時代の屋根裏部屋の記憶が蘇ってきたあたりから、彼の心の中の何かが変わる。あれっ、昔の自分はこんではなかったのではないか。もっと自由に生きていたのではないかということに気がつくのだ。人は大人になるにつれて自分の属する世界に縛られていく。それも自分自身では気がつかないうちに。そう考えると、差別や偏見も、その人個人の意識というよりは、その人の属する集団によって培われていく部分もあるのではないか。そんなことを感じさせられる。

5階と6階の間にある薄い扉。この扉一枚を物理的に開けることは簡単かもしれないが、心の扉を開けることはなかなかに難しい。ジャン=ルイ氏の子供たちが、いとも簡単に6階に上がっていったのに対して、彼の奥さまのほうは、最後まで階段を昇りきることができなかったことがとても象徴的である。自由、平等、博愛を掲げるはずのフランスにある隠された差別や階級意識の問題は、今も根強く続いている。こうした問題を、楽しい楽しいコメディの中にさらっと入れるあたり、フランス映画は一筋縄ではいかないのだ。

Text by 藤澤 貞彦

オススメ度★★★★☆

監督:フィリップ・ル・ゲー
出演:ファブリス・ルキーニ、サンドリーヌ・キベルラン、ナタリア・ベルベケ
2010年/フランス/106分
原題:Les Femmes du 6e étage
★COL・COA映画祭2011 観客賞受賞


【フランス映画祭2011】 6月23日(木)~26日(日)
有楽町朝日ホール/TOHOシネマズ日劇にて開催
クロード・シャブロル特集ほか、特別イベントや写真展も開催予定
チケット情報やスケジュールなど、詳細は↓でご確認ください
公式サイト:http://unifrance.jp/festival/2011/

お問い合わせ:ハローダイヤル 050-5541-8600 (8:00~22:00)

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