『ブラック・ブレッド』アグスティー・ビジャロンガ監督インタビュー

言葉ではなく、まなざしで心の変化を表現しました

アグスティー・ビジャロンガ監督

『ブラック・ブレッド』は、スペイン内戦後の1940年代、カタルーニャ地方の村を舞台に、無垢な心を持つ少年アンドレウ(フランセスク・クルメ)が、親友が死の直前に言い残した「ピトルリウア」という謎の言葉をきっかけとして、内戦により荒廃した心を抱える大人達がひた隠すおぞましい真実に直面し、生きるためにある決断を下す物語。2011年のスペイン・アカデミー賞(ゴヤ賞)では、作品、監督を含む最多9部門を受賞し、アカデミー賞外国語映画賞スペイン代表にも選出された話題作だ。監督は“スペインのデヴィッド・リンチ”とも称され、注目を集めているアグスティー・ビジャロンガ。今回、ビジャロンガ監督にインタビューを行ったので、以下にお届けする。

●スペイン内戦の影響
スペインには、『ミツバチのささやき』(73)や『パンズ・ラビリンス』(07)など内戦を扱った映画が数多くある。ビジャロンガ監督も「スペイン映画界では(内戦をテーマにした映画が)1つのジャンルとして確立されている」と話してくれたが、本作を監督するにあたっては「他の作品を参考にすることはなく、自分の描きたいように描いた」という。

そんな本作、内戦そのものよりも、地域社会における人間関係の分断や生き残った人々の心に残る大きな傷が深刻であることが印象的だ。
ビジャロンガ監督は、この点について、原作小説「Pa Négre」以外にも、同じ著者(エミリ・タシドール)のその他の小説からも着想を得、特に「特定の誰かを断罪するものでも、(右派と左派の)イデオロギー対立の話でもなく、内戦が一般の市民にどういう影響を与えたのかという点を描いている点を気に入り、映画の構想を練りました」。そこから戦争の悲惨さを見出してほしいというのが、監督が本作に込めた思いである。「描きたいように描いた」成果が、ここに結実している。

そう語ってくれたビジャロンガ監督だが、自身は内戦をどのように捉えているのだろうか?
「内戦は建物や土地などの物質的な破壊にとどまらず、映画でも描いたように、精神的なもの、例えば人々に宿る理想や希望をも破壊してしまいました。内戦は隣人同士の殺し合いであり、結果的に国も、人々の心をも荒廃させてしまった悲劇です。とは言え、今の若い人たちは内戦の実態について、あまり知らないように感じています」という見解を披露。
ただ、監督は2007年にスペイン政府が定めた「歴史記憶法」という法律についても、併せて教えてくれた。これは内戦およびフランコ政権で迫害された人々の権利を認識し回復することや、虐殺・処刑された人々の墓地の整備や、身元不明の遺体の身元確認などを定めたもの。これにより過去の歴史を振り返るようになり、若者の間でも話題になる機会が増えたという。本作とは直接的な関係はないが、スペインが国として負の歴史を重く受けとめ、忘れまいとする姿勢に筆者が共感を覚えたことも、付け加えておきたい。

●フランセスク・クルメの“まなざし”
さて、本作で際立っているのは、主人公アンドレウ役のフランセスク・クルメの存在感だ。撮影当時12歳のフランセスクの起用について、ビジャロンガ監督は「アンドレウ役には、田舎の子供であることを重視していたので、キャスティングは地方の村で行いました。フランセスクは強い瞳を持ち、無口で無垢な子で気に入りました」と目力も起用の決め手になったことを明かした。「フランセスクは演技経験がなかったので、私が演技指導をしましたが、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれましたよ」。
こうして見事に監督の期待に応えたフランセスクは、ゴヤ賞で新人男優賞を受賞するなど、高い評価を受けた。彼の夢は「(本作で共演している)セルジ・ロペスのような国際的な俳優になること」だそうだが、本作で、夢への大きな一歩を踏み出したと言えるだろう。

ビジャロンガ監督が語るように、フランセスクの強い目線が本作のキモ。彼のバンビのような漆黒の瞳に見つめられると、すべてを見透かされてしまうかのような、ある種の恐怖感すら覚える。そんな彼のまなざしが重なり合って生まれたような作品だが、その“まなざし”を大切にするうえで演出上心がけた点はあったのだろうか?
「原作小説は一人称で語られています。ただ、そういう小説を映画化した場合、登場人物の心のうちは、ナレーションに任せてしまうケースもあります。でも、私はそういうことは絶対にやりたくありませんでした。では、どうすればアンドレウの心の変化を表現できるのか?そのために、アンドレウが覗き見するシーンを多数取り入れました。言葉ではなく、まなざしで、アンドレウの家族思いで無垢な心が、次第に変化する過程を表現しました」。

●まなざしと映像の融合
もう1点、アンドレウの心の変化を紡いだのは、撮影監督アントニオ・リエストラによる情感溢れる映像だ。リエストラは『アモーレス・ペロス』(02)、『フリーダ』(03)などの撮影監督ロドリゴ・プリエトの助手として研鑽を積んだプラハ在住のメキシコ人。「内戦はありふれたテーマなので、初めて内戦映画を撮る人と仕事をしたい」と望んだビジャロンガ監督が、彼を抜擢した。
「映画の冒頭は、地中海地方の特徴を生かして明るいトーンを意識しました。森もきれいな緑色をしていますよね。でも、ストーリーが展開されるにつれて、灰色がかった暗いトーンで映し出されていきます。それはアンドレウの心の変化により、彼の世界の価値観も変化していくことを意味するのです。アントニオにはその点を意識して、撮影してもらいました」。
映像はすなわち、アンドレウが見つめる世界。まなざしと映像が絶妙に融合した本作の世界観は、見どころの1つだ。ストーリーの進行とともに、その変化にもぜひ注目していただきたい。

※以下は映画の核心に触れている部分もあります。

●多用な性的表現の意図
本作全体を通して、セクシャルな表現が多いことに気付く。例えば、教員と肉体関係を持つフランセスクの従姉ヌリアや修道院で療養中の裸の青年。フランセスクはヌリアから性的めいた誘いを受けたり、「(教員との関係をバラせば)タマを切る」と脅されたり、裸の青年の美しさに見とれたり。そのあたりの意図は何かあったのか?

ビジャロンガ監督はこの指摘について、2つの重要な側面があると語る。
「1つは、アンドレウ自身の性の目覚め。性的なものをあえて意識させることで、無垢な子供時代に終わりを告げるという意味合いがあります。もう1つは、本作のストーリー自体が、かつて村で起こったホモ・セクシャルな事件から起因していること。そしてその事件が、非常に残忍な出来事にも発展し、やがて内戦も勃発。これら一連の出来事は、地域全体の人間関係に歪みを与えました。このように、暴力の連鎖が子供に与える影響がどんなものだったのかという点に帰結させたくて、あえて性的な表現を多く使いました」。

(後記)
今回の取材は、実はスペインとの電話インタビューだったので、実際はビジャロンガ監督と対面して、お話を伺いたかったというのが率直な感想だ。ただ、受話器を通して、監督の紳士的な雰囲気やこちらの質問に真摯に対応してくれたことが伝わる。インタビューの最後に、好きな日本人監督として黒澤明(『デルス・ウザーラ』(75)が好きだとのこと)、今村昌平などの名前をあげ、それ以外にも日本のファンタジー映画が好きだと話してくれたビジャロンガ監督。「スペインでも最近は日本映画を見る機会が増えた」とのことだが、次回作のPRの際はぜひ来日して、日本映画を見ていただきたいと思う。

▼プロフィール▼
アグスティー・ビジャロンガ
1953年スペイン生まれ。舞台俳優としてデビューを飾り、その後俳優、コスチューム・デザイナー、美術監督、シナリオライターとして幅広く活躍。長編映画デビュー作は、ベルリン国際映画祭で上映された『硝子の檻の中で』(87/未)であり、自身の代表作にもなった。ほか、『月の子供』(89)はカンヌ国際映画祭にてコンペティション部門にて出品、1990年のゴヤ賞では監督賞等にノミネートされ、脚本賞を受賞。『El mar』(00)ではベルリン映画祭にてコンペティション部門にて出品され、マンフレート・ザルツゲーバー賞を受賞、スペイン・ブタカ賞にてベストカタロニア映画賞を受賞し、邦題『海へ還る日』として第10回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された。さらに共同監督を務め、メキシコ・アカデミー賞(アリエル賞)で7部門を受賞した5作目『アロ・トルブキン-殺人の記憶』(02/未)は、2004年に開催されたヒスパニック・ビート映画祭で上映されている。

▼作品情報▼
監督・脚本:アグスティー・ビジャロンガ
原作:「Pa Négre」エミリ・タシドール
出演:フランセスク・クルメ、マリナ・コマス、ノラ・ナバス、セルジ・ロペス
2010年/スペイン、フランス/原題:Pa Négre /113分/デジタル/35mm/カラー/カタルーニャ語、スペイン語/ヨーロピアンビスタ
配給:アルシネテラン
© Massa d’Or Production Cinematografiques i Audiovisuals, S.A
公式HP :http://www.alcine-terran.com/blackbread/
6月23日(土)、銀座テアトルシネマ、ヒューマントラストシネマ渋谷他、全国順次ロードショー

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