アキ・カウリスマキ映画「紳士・淑女録」

ル・アーヴルの靴みがき/メインアキ・カウリスマキ監督の映画は、俳優たちの顔が命。ところが美男美女は少ない。いやそれどころか個性的な顔立ちで、およそ主役を張る顔ではないというのが、特徴である。映画製作にあたり監督は、まずおおまかなストーリーを決めた後に俳優を決め、それに合わせて物語をさらに作りこむという手法を取っているようだ。いわば俳優は、物語の要素でもある。それで、自分のスタイル、世界が確立した監督ゆえ、必然的にお馴染の俳優たちが出演することになってくるわけである。今回は、そんなアキ・カウリスマキ映画の住人たちにスポットを当ててみることにしよう。基準としては、複数回キャスティングされていること。それと短編作品は、基本的に除外させてもらった。なお、俳優そのものの経歴よりも、カウリスマキ映画の住人として、それぞれがどんな役割を担っているかが、この「紳士・淑女録」の趣旨となっている。ご鑑賞の参考にしていただければ、望外の幸せである。



アンドレ・ウィルムス
出演作品4本。『ル・アーヴルの靴みがき』で、アフリカから流れついた少年を助ける主人公を演じる。フランスの俳優で、『仕立屋の恋』の刑事の役などでも知られている。フィンランド語は出来ないので、もちろんカウリスマキ作品では言語がフランス語のもの(『ラヴィ・ド・ボエーム』)とセリフがいらないもの(『白い花びら』)に限られる。『ル・アーヴルの靴みがき』を観た後では信じられないが、『白い花びら』ではカティ・オウティネンをたぶらかす、悪人を演じていた。『ラヴィ・ド・ボエーム』は、売れない戯作家で、マッティ・ペロンパーらとボヘミアン的生活を送っているマルセル・マルクス役。実はこの設定が、『ル・アーヴルの靴みがき』に繋がってきている。役名もまったく同じ。ゆえに『ル・アーヴルの靴みがき』は、『ラヴィ・ド・ボエーム』の後日譚としても観ることができるというわけである。
【出演作品】
『ラヴィ・ド・ボエーム』(91年)
『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』(94年)
『白い花びら』(99年)
『ル・アーヴルの靴みがき』(11年)


カティ・オウティネン
出演作品10本。『ル・アーヴルの靴みがき』では、主人公の妻役。この人に「奇跡なんて、近所では聴いたことないわ」と言われると「そんなもんだよな」と、早々に諦めてしまいたくなってしまう。そんなカティだが、彼女こそアキ・カウリスマキ作品、永遠のヒロインなのである。いつも不機嫌そうな顔で、およそヒロインとは程遠いキャラなのだが、彼の作品を観続けていると、いつしか癖になってしまう。もはや彼女が出演していないと、中毒症状を起こしてしまいそうなのだ。『過去のない男』では、40歳を過ぎて初めて恋に落ちる女を演じているが、不思議なことに彼女にはそれを信じさせる力がある。無表情な顔の中に喜びや悲しみさまざまな感情を、さざ波のように静かに広げていく、それが彼女の演技の特徴だ。悲しみに静かに耐え、幸せを追い求め健気に生きる姿は、いつ観ても感動的である。実は可愛い女なのだ。その白眉とも言える作品は『浮き雲』『過去のない男』である。因みに本人いわく、あまりにカウリスマキ監督作品の印象が強すぎて、他の監督の作品ではまったく使ってもらえないのだそうだ。
【出演作品】
『パラダイスの夕暮れ』(86年)
『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』(87年)
『マッチ工場の少女』(89年)
『愛しのタチアナ』(93年)
『浮き雲』(96年)
『白い花びら』(99年)
『結婚は10分で決める』(01年)※『10ミニッツ・オールダー』内の一話
『過去のない男』(02年)
『街のあかり』(06年) ※スーパーのレジ打ちでゲスト出演
『ル・アーヴルの靴みがき』(11年)


エリナ・サロ
出演作品7本。『ル・アーヴルの靴みがき』では、バーのマダム役。悲しい過去があるから優しくなれる。そんな素敵な女性を演じていた。カウリスマキ作品では、初期の作品から出演している貴重な脇役女優。個性的な顔立ちの出演者が多い中で、実は一番綺麗な顔立ちの人である。1936年生まれとのことなので、もう76歳。カウリスマキ作品に出演する以前から、フィンランドでは有名な女優だった。『マッチ工場の少女』では、娘から給料袋ごとお金をふんだくる母親役である。けれどもそれ以外では、独り身でもお店を切り盛りし、しっかり生きている女性というイメージが強い。『愛しのタチアナ』では、フロント、食券売り、ウエイトレス、ショーのマネージメントから部屋の掃除まで、ひとりでホテルを切り盛りするスーパーウーマン。『浮き雲』では、レストランの資金を出し主人公たちの窮地を救い、『過去のない男』では、自分の名前さえもわからない主人公を雇う、港湾施設のマネージャーで、太っ腹な面を見せている。エリナ・サロの出演している作品は、常にカティ・オウティネンがヒロインであることにも注目したい。
【出演作品】
『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』(87年)
『マッチ工場の少女』(89年)
『愛しのタチアナ』(93年)
『浮き雲』(96年)
『白い花びら』(99年)
『過去のない男』(02年)
『ル・アーヴルの靴みがき』(11年)


マッティ・ペロンパー
出演作品9本(短編を除く)。 マッティ・ペロンパーは、ただそこにいるだけで、作品の空気が変わってしまう。そんな俳優だった。本人はカッコつけているつもりなのに、周囲から見ると浮いている男。でもなぜだか、ダサカッコイイ。アキ・カウリスマキ監督の言葉を借りれば「ひとりぼっちの悲しいねずみ」いつも孤独で悲しいのに、自分をクールに見せようとしている。ニヒルでドライ、それでいて、いつも女性にはうぶだ。『パラダイスの夕暮れ』では、カティ・オウティネンとの初デートで、ビンゴ・ゲームに連れて行くという失敗をおかし、見事に振られてしまう。彼は、1995年44歳の若さで死去するのだが、彼の死後『浮き雲』以降の作品では、カウリスマキの作品世界に特徴的だった乾いた空気に代わり、温かさが行間を支配するようになる。カウリスマキ監督にとって、いかに彼が大きな存在だったかが窺い知れる。一番カッコ良かったのは、『真夜中の虹』。銀行に押し入り、自分が犠牲になりながらも主人公を助ける男。まるでボギーのようだった。
【出演作品】
『罪と罰 白夜のラスコーリニコフ』(83年)
『カラマリ・ユニオン』(85年)
『パラダイスの夕暮れ』(86年)
『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』(87年)
『真夜中の虹』(88年)
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(89年)
『ラヴィ・ド・ボエーム』(91年)
『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』(94年)
『愛しのタチアナ』(93年)
『浮き雲』(96年)※写真のみ
『過去のない男』(02年) ※写真のみ


エスコ・ニッカリ
出演作品8本(短編除く)。その出演作の多さからしても、欠かせない脇役であったことがわかる。『マッチ工場の少女』では、エリナ・サロの夫役。自分は働かないくせに、洋服を買ってきたカティ・オウティネンを殴りつけるひどい義父だった。それにしてもこの人は、不運な男というイメージが強い。『パラダイスの夕暮れ』では、マッティ・ペロンパーの同僚で、清掃局職員。お金を貯めてようやく事業を独立しようとした矢先に倒れ、あっけなく死んでしまう役。『過去のない男』では、銀行強盗をしてまで、社員に給料を払おうとする中小企業の社長役だった。2006年12月、惜しくも68歳で亡くなった。カンヌ映画祭『それぞれのシネマ』のカウリスマキ編『鋳造所』で主演したのが、監督から彼への餞となってしまった。
【出演作品】
『罪と罰 白夜のラスコーリニコフ』(83年)
『パラダイスの夕暮れ』(86年)
『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』(87年)
『真夜中の虹』(88年)
『マッチ工場の少女』(89年)
『浮き雲』(96年)
『白い花びら』(99年)
『過去のない男』(02年)
『それぞれのシネマ~鋳造所』(07年)※短編


サカリ・クオスマネン
出演作品6本(短編除く)。元レニングランド・カウボーイズのメンバー。音楽活動の傍ら俳優としても頭角を現し、カウリスマキ監督以外の作品にも多数出演している。身体が大きく頼りがいのある男で、この人が出てくると、いつもホッとしてしまう。『パラダイスの夕暮れ』では、マッティ・ペロンパーの同僚で、彼を助ける友人役。『浮き雲』では、レストラン・ドゥブロヴニクのクローク兼ボディガードで、失業しアル中になっていた同僚を救う。『過去のない男』では、最後愛犬ハンニバルにも去られてしまう悪徳警備員。記憶喪失の主人公から入場料を取ろうとしたロックのコンサート。主催したのが、他ならぬ彼だと知って、シュンとしてしまうのが可愛らしい。主演を務めたのは『白い花びら』カティ・オウティネンの愚直な夫役。斧を手に用心棒を叩きのめし、妻を救い出そうとする姿は感動的であった。マッティ・ペロンパーらと共に、ジム・ジャームッシュ監督『ナイト・オン・ザ・プラネット』(91年)にも出演している。
【出演作品】
『カラマリ・ユニオン』(85年)
『パラダイスの夕暮れ』(86年)
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(89年)
『浮き雲』(96年)
『白い花びら』(99年)
『過去のない男』(02年)


カリ・ヴァーナネン
出演作品6本。あれっ、もっと出ているような気がしたのだが…『ハンネス列車の旅』『ナイト・オン・ザ・プラネット』などカウリスマキ作品に敬意が払われた、他の監督作品にカウリスマキ組代表として出演していること、また初期の作品から出演しているので、そんな感じがするのだろう。レニングラード・カウボーイズ・シリーズでは、お間抜けなイゴールを演じている。それにしてもこの人は、何と言っても『浮き雲』でのカティ・オウティネンの夫役が印象に残る。クジ引きで当たりを引き失業、ギャンブルに手を出して貯金も失い、なす術もない男。子供っぽいところもあるけれど、根が優しくて、放っておけないタイプの男。それと、『ラヴィ・ド・ボエーム』立ち退きさせられた前の住人アンドレ・ウィルムスに「家具は俺のものだ」と言われて、反論できない売れない音楽家。人の良さが内から滲み出てくるようなところがある。
【出演作品】
『カラマリ・ユニオン』(85年)
『ハムレット・ゴーズ・ビジネス』(87年)
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(89年)
『ラヴィ・ド・ボエーム』(91年)
『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』(94年)
『浮き雲』(96年)


マルック・ペルトラ
出演作品4本。主演した『過去のない男』が素晴らしかった。暴漢に殴られ記憶喪失になった男が、人々に助けられ、新しい自分を見つけて生きて行く。カティ・オウティネンとの相性も抜群で、ふたりの馴れ初めの不器用さは、『パラダイスの夕暮れ』のマッティ・ペロンパーを思わせるものがあった。カウリスマキ組としての出演は、『浮き雲』の喧嘩っ早いシェフ役が最初で、以降『白い花びら』10ミニッツ・オールダーのカウリスマキ編『結婚は10分で決める』と続き、満を持して『過去のない男』での主演に繋がった。彼は間違いなくカウリスマキ作品の、これからの顔になるはずの人であっただろう。というのも、2007年わずか51歳で亡くなってしまったのである。日本映画『かもめ食堂』にも出演、この人が出てくると、たちまちカウリスマキ的世界が現出するような人だっただけに、あまりにも惜しい。
【出演作品】
『浮き雲』(96年)
『白い花びら』(99年)
『結婚は10分で決める』(01年)※『10ミニッツ・オールダー』内の一話
『過去のない男』(02年)


マト・ヴァルトネン
出演作品6本(短編を除く)。元レニングラード・カウボーイズ。『愛しのタチアナ』で主演。強面のわりに、もっさりしてどこかとぼけた風貌、大きな身体で子供服をミシンで縫うのを業とし、コーヒー中毒で、カフェインが切れると手が震えてくるというヘンな体質の男を好演している。マッティ・ペロンパーと並ぶと、彼よりヘンに見えるのだからたいしたものだ。この作品では、幸せになるのがマッティ・ペロンパーで、彼は孤独のまま終わってしまう。それでもなお、淡々としているのが妙に悲しかった。『パラダイスの夕暮れ』では、マッティ・ペロンパーを殴る暴漢、『浮き雲』では自動車のディーラー役でゲスト出演。主にレニングランド・カウボーイズの映画で活躍する。
【出演作品】
『カラマリ・ユニオン』(85年)
『パラダイスの夕暮れ』(86年)
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(89年)
『愛しのタチアナ』(93年)
『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』(94年)
『浮き雲』(96年)


オウティ・マエンパー
出演作品4本。女優として駆け出しの頃出演した『マッチ工場の少女』がカウリスマキ映画デビューと、意外に関係が古い。その後しばらく間が空いて、最近使われるようになったのは、年齢を重ね彼の映画向きの顔になってきたということなのだろうか。カティとは一歳違い(1962年生まれ)だが、出番はいつも少ない。『マッチ工場の少女』では、カティ・オウティネンの冷たい同僚の役で、ワン・シーンのみの出演、『浮き雲』では、主人公カリ・ヴァーナネンの妹役だ。それでも『過去のない男』では、今日で閉鎖されるという銀行の受付係役で、出番は少ないものの、銀行強盗に襲われマルック・ペルトラといっしょに金庫に閉じ込められるが、彼女の機転で救われるので、印象に残る。失業、強盗、監禁の非常事態にもまったく動じず、落ち着いた態度が見事だ。また、カウリスマキ映画にオマージュを捧げた『ハンネス列車の旅』(98年・ペーター・リヒテフェルト監督)では、カティとカリ・ヴァーナネンがゲスト出演、逆に彼女がヒロイン役になっているのが、面白い。
【出演作品】
『マッチ工場の少女』(89年)
『浮き雲』(96年)
『白い花びら』(99年)
『過去のない男』(02年)


ジャン=ピエール・レオー
出演作品3本。『コントラクト・キラー』で主演。カウリスマキ監督のアイドル。かつてカウリスマキ監督が、兄ミカ・カウリスマキの作品に出演した時に、ジャン=ピエール・レオーの演技を真似して演じたという話も残っている。カウリスマキ映画の住人たちに特徴的な「カッコをつけてはみるが、要領が悪く、いつも失敗ばかりしている」男たちの原型は、実はジャン=ピエール・レオー=アントワーヌ・ドワネル(『大人は判ってくれない』のシリーズの主人公)にあると言っても過言ではない(彼がよくしゃべることを除いてだが)。いわば、彼はカウリスマキ映画の住人たちの親戚といったところなのだ。『ル・アーヴルの靴みがき』では、勘違いの正義に燃える密告者の役だが、少ない出番ながらその勘違いぶりが、彼らしいと言える。
【出演作品】
『コントラクト・キラー』(90年)
『ラヴィ・ド・ボエーム』(91年)
『ル・アーヴルの靴みがき』(11年)


その他
キルシ・テュッキュライネンは、『愛しのタチアナ』で、マッティ・ペロンパーらの車に相乗りするロシア人女性役が印象的。実はプロの女優ではなく、フィンランド映画協会の役員。それなのに短編映画を入れれば、5本も出演作があるのが面白い。『トータル・バラライカ・ショー』で司会を務めているのが彼女である。『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』では歌も披露しているのがすごい。
イルッカ・コイヴラは『街のあかり』で主人公を苦しめた強盗団のリーダーを演じていたが、『ル・アーヴルの靴みがき』では、仲間の金を持ち逃げして、ル・アーヴルの街に辿りつくというその結末が示される。
トゥロ・パヤラ(『真夜中の虹』)とヤンネ・ヒューティライネン(『街のあかり』)は、それぞれに1本小さい役に起用された後、主役に抜擢されたが、それ以降の出演はない。
レニングラード・カウボーイズ
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(89年)
『レニングラード・カウボーイズ、モーゼに会う』(94年)
他短編、ゲスト出演多数あり。


犬たち(名前がクレジットされているもの)
ピエタリ ※制作チーフ、クラウス・ヘイデマンの犬
『浮き雲』(96年)
ライカ ※カウリスマキ夫妻の犬。その子供たちも映画で活躍。
『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』(89年)
『ラヴィ・ド・ボエーム』(91年)
ピートゥ ※ライカの子
『白い花びら』(99年)
タハティ ※ライカの孫
『過去のない男』(02年) 
※ (カンヌ映画祭パルム・ドッグ賞)
パユ ※ライカの曾孫
『街のあかり』(06年)
ライカ(二代目)  ※ライカの玄孫
『ル・アーヴルの靴みがき』(11年)
 ※(カンヌ映画祭パルム・ドッグ審査員特別賞)

Text by 藤澤 貞彦

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▼『ル・アーヴルの靴みがき』作品情報▼ル・アーヴルの靴みがき/サブ①
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影: ティモ・サルミネン
出演:アンドレ・ウィルム、カティ・オウティネン、ジャン=ピエール・ダルッサン、
エリナ・サロ、ライカ(犬)、ジャン=ピエール・レオー
原題:LE HAVRE
制作:2011年/フィンランド・フランス・ドイツ/93分
公式サイト:『ル・アーヴルの靴みがき』公式サイト
配給:ユーロスペース
※4月28日(土)ユーロスペースほかにて公開
© Sputnik Oy

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