ル・アーヴルの靴みがき

ル・アーヴルの街に咲いた小さな親切と大きな奇跡

ル・アーヴルの靴みがき/メイン列車を降り、駅を歩く人たちの足、足、足。スニーカーに布靴、ビニール靴。革靴を履く人はほとんどいない。無理もない。ここは、フランスのル・アーヴル、港町だからだ。この映画の主人公マルセル(アンドレ・ウィルム)は初老の靴磨き。こんな場所で靴磨きをやっていたって割に合うはずがない。けれども、それを必要とする人は必ずいる。貧しくても、そんな仕事をコツコツしているという意味で、彼は典型的なカウリスマキ映画の住人である。家に帰れば、優しい妻アルレッティと愛犬のライカが出迎えてくれる。「帰ったよ」「そうね」「今日は頑張ったわね。夕食ができるまでの間、飲んできていいわよ」妻役はもちろん、カウリスマキ映画には欠かせないヒロイン、カティ・オウティネン。彼の作品らしい、いつもながらの心温まる、小市民の貧しいけれども穏やかな暮らしに、心がホクホクする。

ル・アーヴル…かつては、ここからアメリカ、カナダに向かってヨーロッパの移民たちがたくさん旅立った。今は、ここに不法移民たちが大量に流れ込んでくる。アキ・カウリスマキ監督はここに目を付けた。彼の母国フィンランドを初めとする北欧諸国の間でも、移民問題は、微妙な問題となってきている。ノルウェーの銃乱射事件も記憶に新しい。
カウリスマキ監督の作品自体は、いわゆる「社会派」ではないのだが、彼が常に社会問題に深い関心を持っているのは、それぞれの作品の中で、旬のニュースがテレビやラジオから流れてきているのを見れば理解できる。例えば『マッチ工場の少女』で流される天安門事件や、イラン革命のテレビニュース。そして何より、彼の関心はいつでも、社会の底辺で暮らす人々にある。それ故に本作に辿り着いたのは、自然の流れだったのではなかろうか。

ル・アーヴルの靴みがき/サブ①マルセルはふたつの困難に直面する。妻アルレッティが病に倒れ入院するのと入れ替わるかのように、アフリカからの不法移民の子イドリッサが家に転がり込んでくる。街では「アルカイダの不法移民少年が逃亡」(まったく出鱈目なのだが)というニュースが流れ、警察も彼の周りを探っている。お金もない、妻もいないマルセルがどうして彼を救うことができようか。

しかし、困難な出来事があれば、次の瞬間、救いの手が差し伸べられるというのが、カウリスマキ映画の基本だ。捨てる神があれば必ず拾う神がある。ただ、この作品では、いつも以上に拾う神がたくさん登場する。パン屋に八百屋に、バーのマダムに…。このことは、それだけ彼の困難が大きかったことを意味している。さらに言えば、やがて訪れる奇跡のような旅立ちと再生。これも、またヨーロッパにおける移民問題が容易ならざることに対しての反比例のようにも思えてくる。
確かに、カウリスマキの作品では、港は常に、希望が開けてくる場所であった。それにしても今回の奇跡は、飛び抜けている。けれども、私たちはそれを信じることができる。なぜならル・アーヴル自体が、ノルマンディー上陸作戦により壊滅的被害を受け、再建不能とまで言われたにも関わらず蘇り、フランス第2位の港湾都市になった奇跡の街だからだ。さあ、前を向いて歩いていこう!

オススメ度:★★★★★
Text by 藤澤 貞彦

▼関連記事▼
・『ル・アーヴルの靴みがき』特集:アキ・カウリスマキ映画「紳士・淑女録」


【作品情報】
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影: ティモ・サルミネン
出演:アンドレ・ウィルム、カティ・オウティネン、ジャン=ピエール・ダルッサン、
エリナ・サロ、ライカ(犬)、ジャン=ピエール・レオー
原題:LE HAVRE
制作:2011年/フィンランド・フランス・ドイツ/93分
公式サイト:『ル・アーヴルの靴みがき』公式サイト
配給:ユーロスペース
※4月28日(土)ユーロスペースほかにて公開
© Sputnik Oy

トラックバック URL(管理者の承認後に表示します)