【TNLF_2011】トークショー:「アンチクライスト」で鬼才ラース・フォン・トリアーが描いた「罪と罰」

アンチクライスト1

(c)Zentropa Entertainments 2009

トーキョー ノーザンライツ フェスティバル初日の2月12日、「アンチクライスト」のジャパンプレミアが催され、上映後に映画評論家・柳下毅一郎氏による作品解説が行われた。ラース・フォン・トリアー監督の最新作はカンヌ映画祭最大の衝撃といわれ、賛否両論の物議を醸した問題作。「アンチクライスト=反キリスト」というタイトルが示すように、本作ではトリアー監督のキリスト教観が反映されているが、日本では馴染みの薄いテーマであるといえよう。トークショーでは映画を理解するうえで必要な本作の宗教観や、撮影の背景などが語られ、観客は熱心に耳を傾けていた。

物語は、妻(シャルロット・ゲンズブール)と夫(ウィレム・デフォー)のセックスの最中に我が子を失うというショッキングな出来事からはじまる。妻は「罪」の意識から、自分は「罰」を受けるべく悪魔なのではないかという妄想に取りつかれ、己を追い込んでいくのだが・・・想像を絶する衝撃的な結末が待ち受けている。

タイトルの意味と宗教観について

映画評論家・柳下毅一郎さん

柳下さん 「アンチクライストとは反キリストであり、それは『悪魔』を意味しています。カソリックでは神父は独身でなければならず、肉欲を遠ざけることで神の世界に入ることができると考えられています。『肉欲は悪だ』、もっと言ってしまえば、女性嫌悪=セックス嫌悪というのがキリスト教の根底にあります。
シャルロット・ゲンズブール扮する妻はセックスの最中に子供を失ったことから、自分の中の女性性に嫌悪を抱くようになり、最終的に自分の肉欲を捨てようとする。カンヌに叩かれた理由もそこにあります。『女性は醜いもので、悪魔なんだ』ということを言っている映画だと。
しかしこれは、イヴが堕落したせいで人は楽園(エデン)から追われたのだ、というキリスト教の根本でもあります。肉欲こそが悪であり、アンチクライストであるのだと。そしてこれは、トリアーにとっても大きな問題であると思われます」。

トリアー監督がこの映画を撮った背景について

柳下さん 「精神分析的な話になりますが、『代理ミュンヒハウゼン症候群』といって、嘘をついて周りの注意を惹きつけようとする行動があります。児童虐待にもよくある話で、自分の子供を虐待するのは、憎いからではなく、ケガや病気で苦しむ我が子を看病している自分に同情を集めるためです。虐待する親はひどい人間だと思われがちですが、実は見て見ぬフリをする周りの人間がそのような環境を作っているとも考えられます。
この映画ではその典型と、そのような冷たい支配的な夫に対する妻の反抗が描かれています。だからこれは単なる女性嫌悪の話ではなく、はたしてキリストも正しいのかと疑問を含んだ話でもあるのです。

実はトリアー監督はこの映画を作る直前に、うつ病でしばらく入院していました。退院してすぐに撮った本作は、セラピーとして作られたという側面もあります。自分自身の女性(セックス)との問題、そしてキリスト教の文化との問題。あの中で描かれている苦しみというのは、トリアーがこの映画を作りながら感じていたものなのではないかと思います」。

アンチクライスト2

(c)Zentropa Entertainments 2009

トリアー作品のファンで映画は全て観ているという柳下さんも、本作を観たときには久々に震えるような感動を覚えたという。今までの作品のヒロインは自分で作ったルールに従って苦しんでるだけという印象だったが、今回のヒロインの苦しみは本物であると感じたからだそうだ。

トリアー監督はかつて『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でパルムドールに輝きその名を世に轟かせたが、本作品ではシャルロット・ゲンズブールから途轍もない演技を引き出し再びカンヌを震撼させた。たしかにスクリーンのなかの彼女には、「この苦しみは本当なのではないか」と思わせる説得力があり、主演女優賞というのも頷ける。ぜひとも、その鬼気迫る姿をご自身の目で確かめていただきたい。
『アンチクライスト』は新宿武蔵野館、シアターN渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町にて2月26日から公開予定。
・公式サイト:http://www.antichrist.jp/

「トーキョー ノーザンライツ フェスティバル」では、トリアー監督作品特集(詳細)で『5つの挑戦』『イディオッツ』『奇跡の海』が上映される。しかも、19日の「サプライズ上映」は「イディオッツ」のメイキングフィルム『The Humiliated』(作品紹介)とのことなので、この貴重な機会をお見逃しなく!

取材・文:鈴木こより

▼トーキョー ノーザンライツ フェスティバル
トーキョーノーザンライツB北欧映画の1週間:2/12(土)~20(日)
会場:ユーロスペース&アップリンク in 渋谷
公式サイト:http://www.tnlf.jp/index.html

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