たかが世界の終わり
グザヴィエ・ドランが描く家族の物語に、アットホームな癒しなどない。なかなか心を通わせられない家族にイライラさせられるのもお約束と言っていい。でも、これは一種の<焦らし>なのではないかと思う。ドラン監督の凄いところは、一歩間違えたら陳腐な作品になりかねないモヤモヤした応酬の後に、決してそうはならないところまで持っていく力とセンスがあることだ。暗いトンネルが続き、いよいよ観客の不快度もMAXというところで、突如、光が射し込んでくる。ここで言う「光」というのは目の醒めるような演出や表現手法であるが、その衝撃は快感で、一度味わうとクセになってしまう。処女作「マイ・マザー」では主人公がビデオカメラに向かって心情を吐露するモノクロの独白シーン、「Mommy/マミー」では主人公の気分の高揚に合わせてスクリーンサイズを拡げるという演出がそうで、想像を超える光景に圧倒された。で、今作はというと、その流れを変える起爆役を主人公の兄を演じるヴァンサン・カッセルが担っており、思わず息を呑むシーンとなっている。俳優の力量と反応して生まれた「光」は、これまでのドラン作品にない深みと新たな期待を感じさせる。
ドラン監督が舞台の戯曲を映画化するのは「トム・アット・ザ・ファーム」(2013)以来、2作目。フランスを代表する豪華キャストが集結し、言葉にならない想いを伝える。主人公の人気作家ルイを演じるのは、あらゆる角度からの超アップに耐えられる麗しきイケメンのギャスパー・ウリエル。ルイという寡黙なキャラクターは自らの死を告げるため、12年ぶりに帰郷する。最愛の息子の帰りにテンションが上がりまくる母役に名女優ナタリー・バイ、憧れの兄との再会に完全に落ち着きを失う妹役は旬の女優レア・セドゥ、成功している弟にコンプレックスを抱く兄役には個性派のヴァンサン・カッセル、そしてただ一人、客観的な視点を持つ兄嫁役にオスカー女優のマリオン・コティヤールがキャスティングされている。いま最も注目され、期待されている監督だからこそのオールスターチームが実現し、フレームいっぱいに濃ゆい画が映し出される。
さてこの家族は皆、ルイにたいしてどのような気持ちを抱いているのだろうか。彼の告白を怖れるかのように上辺の会話が続けられ、なかなか言い出せないルイが、むしろ逆に、皆の想いを受け止めるハメになっていたりする。けれど、そのシチュエーションから生まれる「他者(家族)から見た自分」という視座が新鮮。監督がこだわってきた「母親と自分」というテーマを保ちながら、その新たな試みが世界観の広がりを感じさせる。
2017年2月11日(土)新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA 他全国順次ロードショー