【FILMeX】『ILO ILO(英題)』アンソニー・チェン監督インタビュー

マーライオンだけではない、リアルで息づいたシンガポールを表現したい

※『イロイロ ぬくもりの記憶』のタイトルで2014年12月13日(土)よりK’s cinemaほか全国順次公開。

(第14回東京フィルメックス・コンペティション部門/観客賞)

1997年、アジア通貨危機の影響下のシンガポール。とある共働きの家庭にフィリピン人メイドが住み込みで雇われる。10歳の一人息子ジャールーは彼女に反発するが、次第に心を通い合わせるように。一方、両親は仕事の悩みをそれぞれ抱えており、すれ違いばかり。やがて夫はリストラされるが、それを妻に言い出せずにいた・・・。『ILO ILO(英題)』は、これが長編デビュー作となったシンガポール出身のアンソニー・チェン監督(29歳)の原体験が元となっている。今年の第66回カンヌ国際映画祭で見事にカメラドール(最優秀新人監督賞)を受賞、先頃発表された第50回台北金馬奨では作品賞を含む4部門受賞で、今年の東京フィルメックスのコンペティション部門最大の注目作と言っても過言ではなかっただろう。チケットは完売となり、追加上映も急遽行われた。

 チェン監督が注目されるもう一つの理由として、2010年のフィルメックスの映像人材育成プロジェクト「ネクスト・マスターズ・トーキョー(現タレント・キャンパス・トーキョー)」に彼が参加し、最優秀企画賞を受賞したのだが、そのときの企画こそが本作の核となったという点だ。それから3年、カンヌ、金馬奨と確実に結果を出しフィルメックスに錦を飾ったチェン監督。上映後のQ&Aでは、ごく普通のシンガポールの家庭を描いた本作が世界各地で受け入れられた理由として「(家庭の問題、少年の成長、金銭問題、移民や階層の問題など)普遍的なテーマは文化や言語を超えていくのではないか」と語ったが、フィルメックスでは観客賞を受賞。日本でも好意的に受け止められた証だろう。今回、チェン監督とのインタビューが実現したので、以下にご紹介する。

――台北金馬奨では4部門受賞されましたが、錚々たる顔ぶれの監督達(本年度カンヌ国際映画祭脚本賞受賞のジャ・ジャンクー監督『罪の手ざわり』、同ベネチア国際映画祭審査員大賞受賞のツァイ・ミンリャン監督『ピクニック(仮題)』のフィルメックス参加組、ウォン・カーウァイ監督『グランド・マスター』、ジョニー・トー監督『ドラッグ・ウォー 毒戦』)を退けて受賞されたこと、金馬奨でシンガポール映画が作品賞を受賞したのは史上初ということについても、併せてお気持ちをお聞かせ下さい。

アンソニー・チェン監督(以下チェン):受賞できるとは予想していなかったので、とても驚きました。僕は一緒に候補にあがった4人の監督の作品からいろいろと勉強していたので、感慨深いものがありました。今回の受賞はシンガポール映画界の新しいページを書き加えたことになったと思います。金馬奨は中華圏ではとても重要な賞ですし、シンガポール映画が認められたことでもあると思います。

――3年前の「ネクスト・マスターズ・トーキョー」の最優秀企画賞を受賞されたものが元となり、こうして素晴らしい映画に発展されましたが、「ネクスト・マスターズ・トーキョー」に参加しようと考えたきっかけは何でしょうか?

チェン:実は参加するまでこのプロジェクトのことを知らなかったんです。映画関係に携わる友人の勧めで参加しましたが、とても貴重な経験になりました。この機会がなければ、こんなに早く映画が完成することはなかったでしょう。つまり長編映画でデビューもできなかったと思います。

――今回フィルメックスに戻ってこられて、ご感想があれば教えて下さい。

チェン:こうしてフィルメックスの観客にこの映画を紹介できて、僕は本当に幸せ者です。フィルメックスは観客も映画祭を運営している方々も皆さん、映画への造詣が深くて、素晴らしい映画祭だと改めて思いました。

 ――本作はチェン監督の少年時代の原体験が元となっていますが、監督の少年時代は映画のジャールーのような、生意気な子供だったのでしょうか?ジャールーとの共通点はありますか?

チェン:あはは、ジャールーと僕は違いますね。あれほどいたずらっ子でも活発な子供でもありませんでした。脚本的に少しドラマチックに強調しています。ただ頑固者だったところや人々に対して誠実でありたいと思う点は共通しているかな・・・。

――その「原体験」を長編デビュー作の題材に選ばれた理由を教えて下さい。

チェン:僕は80年代に生まれ(注:1984年生)、90年代に子供時代を過ごしましたから、それはごく自然なことでした。97年のアジア通貨危機では、(映画でも描かれているように)父が失業したこともあり、よく覚えているんです。

――たまごっちや旧型のPCが登場するなど、懐しさも感じました。たまごっちに関連してか、鶏や卵など鳥関係のアイテムが頻繁に出てきますが、何らかの意図はあったのでしょうか?

チェン:別にチキンは嫌いではないですよ(笑)。僕にとって映画は実生活から派生しています。僕の家庭にもフィリピン人メイドがいましたが、彼女がチキンを実際に絞めて食事に出してくれたり、ケンタッキー・フライド・チキンが誕生日に出されたことが思い出されます。そういうことを繋げて、一つの流れを作ってみたかったんです。

――ちなみにチェン監督は、実際にたまごっちはお持ちだったのでしょうか?

チェン:えーっと、確か持っていた・・・と思いますよ(笑)。

――シンガポールは中華系、マレー系、インド系などの住民が共存する豊かな民族性と、過去の英国の植民地時代、第二次世界大戦中の日本軍による占領など、様々な国の影響を受けて育まれた独自の国際性を持つ国だと思います。非常に多様性に富んだ環境が、チェン監督の映画製作にどういう影響をもたらしていると考えていますか?

チェン:そうですね。ただ実際に僕はシンガポールで生まれ、暮らしているので、(多様性の環境が)どう影響を及ぼしているのかどうかは今のところはっきり分かりません。ですが、本作では人々の話し方、数種類の言語や方言、生活様式などを通して、リアルなシンガポールを表現できたと思います。リアルなシンガポールを描いたことで、観客が映画から何かを感じてくれることがあれば、そのこと自体が僕にもたらされた(多様性の環境の)影響ではないでしょうか。

 ――多くの日本人は、シンガポールに対して清潔で先進的なイメージを持っていると思います。ですが意外にも言論統制や同性愛の禁止、使用言語の制限など保守的な顔もあり、映画製作への政府の規制はそれなりにあると聞いています。そのような状況をどうお考えでしょうか?今後もシンガポールで映画を撮り続けていこうとお考えですか?

 チェン:たいていの日本人がシンガポールに持つイメージって、“マーライオン”や“マリナーベイ・サンズ”ですよね(笑)。僕はそういう観光映画的なシンガポールではなく、人々が働き、暮らし、悩みながら生きているという、息づいたシンガポールを表現したいと考えています。もちろん多少なりとも規制はありますが、それは程度の差こそあれ、どこにでも存在しています。イランはシンガポールよりもさらに厳しい規制がありますが、それでも優れた作品がたくさんありますよね。シンガポールは自分の暮らす場所ですから、今後も拠点に活動していくつもりです。

――次回作のプランがあれば教えて下さい。

チェン:来年6月までは、映画祭やプロモーションなどで予定がぎっしり入っています。とても忙しくてまだ考えられない状況なんです。

<後記>
12月になるとハリウッドはじめ世界各地から映画賞の話題が出始めるが、アカデミー賞のフロントランナーと目されているのは、『12 Years a Slave』のスティーヴ・マックイーン監督だ。彼も『Hunger』(第21回東京国際映画祭上映/08)でカンヌのカメラドール・ウィナーだが、現在ではオスカー最有力と呼ばれるまでになっている。『ILO ILO』も高い完成度を誇り、チェン監督の今後の活躍が楽しみだが、もしかしたら数年後にはマックイーン監督同様にさらに熱視線を浴びることになっているかもしれない。・・・とここまで書いて思ったのだが、本作はアカデミー賞外国語映画賞シンガポール代表に選出されており、ひょっとしたらひょっとして・・・!の可能性もあるのだった。いずれにしても多忙のなか、素敵な笑顔で取材に応対してくれたチェン監督に感謝。良い意味で初々しさはなく、29歳ながらも大物の風格が漂っていたのが印象的。また女子目線から言わせていただければ、本当にイケメンさんで眼福でした・・・。

<プロフィール>
アンソニー・チェン Anthony CHEN
1984 年シンガポール生まれ。義安理工学院で映画を学び、卒業制作として短編”G-23″(04)を監督。この作品は多くの国際映画祭で上映された。続 く”Ah Ma”(07)はカンヌ映画祭短編コンペティションでスペシャル・メンションとして表彰。”Haze”(08)はベルリン映画祭短編コンペティションに選 ばれた。その後、英国の国立映画テレビ学校で映画を学び、2010年に卒業。現在はシンガポールと英国をベースに活動する。その他の短編作品 に”Distance”(10)、”Lighthouse”(10)、”The Reunion Dinner”(11)がある。

▼作品情報▼
原題:ILO ILO /爸媽不在家
監督・脚本:アンソニー・チェン
撮影:ブノワ・ソーラー
出演:ヨー・イェンイェン、チェン・ティェンウン、アンジェリ・バヤニ、コー・ジア・ルー
シンガポール/2013/99分
©Fisheye Pictures


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▼第14回東京フィルメックス▼
期間:2013年11月23日(土)〜12月1日(日)
場所:有楽町朝日ホール・TOHOシネマズ日劇
公式サイト:http://filmex.net/2013/