【TIFF】ブリューゲルの動く絵(特別招待作)

絵画の中に入り込む不思議!「十字架を担うキリスト」を読み解く

(第24回東京国際映画祭特別招待作)
16世紀に生きたフランドルの画家、ピーテル・ブリューゲル(1525/30年頃~69)。「バベルの塔」「雪中の狩人」などの作品で有名であるが、この映画で取り上げているのは1564年に描かれた「十字架を担うキリスト(The Procession to Calvary)」。なんと、本作を観るものは絵の中にまさに「入り込んでいく」ことになる。劇中の風景はブリューゲルの描いたそのままに構築され、登場人物もそこに描かれている人々。そして、絵の中で行われていることがまさに目前で再現される…。摩訶不思議な体験だ。

しかも、ただ再現しているのではない。画家自身の構想や当時の世相を含めて、この絵についてひとつの解釈を観るものに提示している。それを示すのはほかでもない、画家ブリューゲル自身である。レフ・マイェフスキ監督は、ブリューゲルの自画像にそっくりという理由で俳優のルトガー・ハウアーを起用している。

「十字架を担うキリスト」※クリックすると拡大されます

画家は劇中でこう語る。絵の中心は十字架を背負わされている青い衣を着たキリスト。右奥には円形の処刑場が見える。右下の手前の岩場には、嘆き悲しむ聖母マリアがいる。しかし、群衆はそれらの出来事には目もくれず、左下で男が兵士たちに囚われようとしているのを注目している。この理由について、画家は「重要なことに人々は無関心であるから」と述べる。一方、画面奥にそびえたつ岩山の上には小さな粉挽き小屋があり、風車が回っている。実はここに神がいて、下界(人間たち)の様子を眺めているのだ。また、画面左には大きな生命の木が生い茂る一方、右側には木の柱が一本立てられ、上には罪人が鳥に食われている。神と人間、生と死、聖書の出来事と俗世の出来事、兵士と農民……様々な対極をなすファクターがこの絵の中に込められているというわけだ。ちなみに、画家と絵の依頼主は絵の手前右隅に登場している。

また、ブリューゲルの作品には様々な寓意が込められていると言われ、その解釈も多数存在している。特にこの映画で採用しているのは、画家が生きた時代の社会状況、すなわち当時フランドル地方を支配していたスペイン・ハプスブルグによる圧政が、この絵画にも影響を与えているという説だ。そのため、赤い服を身にまとった兵士たちはスペイン兵で、その暴虐をじっと我慢しているのが自国民。劇中では、キリストを処刑するのも、農民を殺して鳥の餌食にするのもスペイン勢と言うわけである。この他にも、残酷な魔女狩りの様子が劇中で描かれるなど、当時の世相が映画の中に多数盛り込まれている。

依頼主の注文に応じ画家たちが絵を描いていた時代、彼らが自由なテーマで絵を描くことはほとんどない。だからこそ、彼らは様々な手法で自身の思いやメッセージを作品に込めた。それを解き明かしていくのが、絵画を見る面白さでもある。マイェフスキ監督はそれを映画でやってのけた。本作は、まさに新しい映画の局面を我々に見せてくれる、画期的な作品であると言えるだろう。

(レビュー:2011年10月28日)

オススメ度:★★★★☆
Text by 外山 香織

▼作品情報▼
製作国:ポーランド=スウェーデン 製作年:2011年
監督/脚本/撮影監督/音楽 : レフ・マイェフスキ
出演:ルトガー・ハウアー、シャーロット・ランプリング、マイケル・ヨーク
原題:THE MILL & THE CROSS
公式サイト:http://www.bruegel-ugokue.com/index.html
© 2010, Angelus Silesius, TVP S.A

▼第24回東京国際映画祭▼
日時:平成23年10月22日(土)~30日(日)
公式サイト:http://2011.tiff-jp.net/ja/

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