もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

“もし”の世界に目くじら立てず、フランクな気持ちで

(ネタバレあり!)
本作は、2009年に発売された岩崎夏海さんの同名小説、通称『もしドラ』を映画化した作品だ。タイトルのとおり、“もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら”という仮定の話に対して、“甲子園に出場できました”という答えが導き出される、至ってシンプルなストーリーと言ってもいいだろう。『マネジメント』とは経営学の父ピーター・F・ドラッカーの名著のこと。無名の都立高校野球部の女子マネージャー・川島みなみ(前田敦子)が『マネジメント』に則り、やる気のなかった野球部を改革し、甲子園に出場させようと奮闘する。

映画では明確に描かれていないが、みなみの高校は西東京地区にある(原作でははっきり書かれている)。西東京といえば、私学の強豪がひしめく全国屈指の激戦区であることは、高校野球のファンならば誰もが知っていることだろう。そんな激戦区で無名の都立高校が甲子園に行くことは、意地悪な見方だが、現実的には可能性はかなり低い。筆者は大の高校野球ファンであり、なおかつ母校の甲子園出場を心の底から願ってやまない人間である。甲子園に出場することの難しさや厳しさを知っているつもりだ。だから原作を読んでも、映画を観ても、「こんなに上手くいくのかよ~」と、どうしても高校野球ファンの目線で厳しく見てしまう。例えば、みなみは監督の加地(大泉洋)と後輩マネージャーの文乃(峯岸みなみ)に、『マネジメント』の教えに沿って「工夫を凝らす練習プラン作り」を依頼するが、強豪校だったらどこのチームも、それなりに練習に工夫をしているはず・・・等、ツッコミどころは絶えない。

みなみは、野球部の定義について、入院中の親友・夕紀(川口春奈)とともに考える。導き出した答えは、「感動を与える → 甲子園に出場する」こと。彼女の定義づけには、ある程度納得できる。筆者の母校の話で恐縮だが、母校は念願かなって昨夏の甲子園に出場(もはや念願というより悲願というレベルだった)。そのときにはもう、言葉にならないくらいの感動が押し寄せてきたのは事実だった。その感動を思い返しただけで、胸熱くなり涙すら出てしまう。甲子園の応援アルプスに立った時、甲子園に連れてきてくれた後輩たちに感謝の気持ちでいっぱいだった。
しかし一方で、甲子園出場とは、誰か(『マネジメント』の定義では顧客)に感動を意図的に与えるためのものではなく、選手自身の目標達成のためではないのだろうか。筆者の後輩達が、OBを喜ばせるために甲子園出場を目標としていたとは思えない。高校球児の本分は、正々堂々と全力プレーをして勝つことであり、その副産物として感動が待ち受けているわけであって・・・。感動を定義づけて、一方的に押し付けてはいけないようにも思えるのだ。その点では、この作品のコンセプトに違和感を覚えざるを得ない。

つまり、本作はその「感動」という感情を成果物として、ビジネスライクに捉えようとしている。筆者の違和感はそこに起因しているのだろう。確かに今までのスポーツものは、進退窮まると熱血とか根性論とか精神論という力技に頼りがちであったことも否めない。だからどうしても、話の展開にムリが生じることもしばしば。だが本作は、成果を出してナンボの世界、甲子園に行けてナンボの世界として描いている。シビアだがビジネスとはそういうもの。「努力しましたが結果は出ませんでした」というのは甘く、通用しない世界なのだ。

その成果主義的思考が、時に必要であることは理解できる。だから、甲子園に行くという目標を掲げた以上、勝って当然であることも分かっている。だが映画からは、成果を出す過程の厳しさが伝わってこない。「工夫を凝らした練習」や「陸上部など他の運動部との合同練習」のシーンが少ないし、選手達が練習を通して何を思い、何を感じていたのか?という心理描写がほぼ皆無だからだろう。表面的な出来事しか追っていないので、物足りないのだ。また、夏の大会が本作のクライマックスのはずなのに、試合の描写にいまいちリアリティが感じられないのも要因だ(細かいことで恐縮だが、試合中に審判はこんな立ち方はしないだろうとか、7月の試合なのになぜ誰も汗をかいていないのだ?とか、強豪校の選手ならもっときびきび動くだろうに・・・等、またまたツッコミを入れてしまう)。

しかし、冒頭にも記述したように、この映画はあくまでも「もし」の話。『マネジメント』は経営者だけではなく、我々の普段の社会生活においても通用する。難解そうな経営学の名著を分かりやすく仕立て直し、「もし」というファンタジーの世界で、ビジネスの視点を取り入れた弱小野球部が甲子園出場を決めるというのは、斬新なアイディアではあった。だから、「あそこは違う」「あり得ない」等と目くじらを立てずに、もっとフランクな気持ちで観るのが正解なのかもしれない。

俳優陣は際立った好演を見せているわけではないが、前田敦子の目力の強さ、川口春奈の可憐さ、池松壮亮の高校球児らしいオーラには好感が持てる。また、文乃に扮する峯岸みなみの、甲子園出場が決まった直後の感激のリアクションは、自分が同じ立場だったら彼女と同じことをしただろうな、と共感。そして「フォアボールを出したいピッチャーなんて一人もいないんだ。ウチの野球部にはそんなヤツはいない!」という本作最高の名ゼリフをキメた大泉洋も、いい味を出している。その辺りにも注目されたらいかがだろうか。

オススメ度:★★☆☆☆
Text by:富田優子

製作年:2011年
製作国:日本
監督:田中誠
出演:前田敦子、瀬戸康史、峯岸みなみ、池松壮亮、川口春奈、大泉洋
原作:「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海 (ダイヤモンド社刊)
製作:「もしドラ」製作委員会
公式サイト
(C)2011「もしドラ」製作委員会
2011年6月4日(土) 全国東宝系ロードショー

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