信さん 炭坑町のセレナーデ

昭和の光と影

最近の昭和ブームや「ALWAYS 三丁目の夕日」のヒットは、ギリギリその時代の名残を知っている自分にとっても懐かしいものではあるけれど、いつもそこに何かが不足している様な気がして仕方なかった。それは、本当の意味での昭和という時代の原風景や生活、形容しがたい「におい」の様なものだったのではないか。この「信さん 炭坑町のセレナーデ」からは、そのにおいを感じた。

昭和38年の九州のとある島の炭坑町。離婚し、東京から子連れで故郷の炭坑町に戻ってきた美智代と小学生の息子の守。美智代はこれからこの町で暮らす事を決意している。ある日、守が学校の帰りに悪ガキに囲まれていたところを助けに入った、近所で一番の悪ガキで通っている信一が、これまでに誰からも受けた事のなかった美智代の優しさに淡い恋心の様な気持ちを抱き、美智代と守の新しい生活の中に深く関わる様になる。だが、信一の周りの状況や町の雰囲気が変わるにつれ、互いの関係は以前とは違うものになっていく・・・。そんな、人と時代の移り変わりを描いたストーリー。

この映画は、昭和が劇的に変わっていく境目がフォーカスされ、昭和の光と影が鮮やかに写し出されている。そこが素晴らしい点だ。炭坑町に出てくる登場人物とその変遷が、まさに昭和だと感じさせられるのだ。

最近の昭和ブームは、あの時代はよかったという面ばかりを見る傾向にあると感じるが、その面ばかりを見てしまうと昭和という時代を見誤る気がしてならない。どの時代だって、当然いい面と悪い面の両方があるもの。高度成長という光の面の背景には、影も必ず存在するのだ。

この映画の登場人物は、それぞれに苦労を背負っている。華やかで幸せそうに見えるが、離婚して働いて子供を育てる美智子。家庭の事情から、子供時代を謳歌する事が出来なかった信一。肺炎になっても家族のために働かざるを得ない信一の父親。夫の仕事がうまくいかず貧乏なため、いつもイライラしている信一の母親。自分の国ではないという自覚の元に、生活を守るためスト破りをする在日の父親と、決して日本人に逆らってはいけないという父親の言いつけを守りいじめられる在日の子供。

昭和という時代は、豊かになっていく一方で、こういう人たちがまだまだ多数を占めていた時代だったと思う。みんなそれぞれに苦労し、家族を支え、日本経済を支えた。そこには苦労と幸せが複雑に内包されていた。当時まだ生まれていない人たちがその頃の昭和を想像する時に、この映画の中の様な人たちと生活が昭和という時代だったのだと意識する事が、当時の昭和の全体像を理解する縁となる様な気がしてならない。

この映画の炭坑町の様子を見るにつけ、現代もまた、映画の中の様に市井の人たちがだんだん時代に置き去りにされる事が増えてきた時代ではないだろうかと感じる。寂れてゆく炭坑町と現代の不景気が重なり合う部分がある様に感じられ、やはり昭和という時代は今につながっているなという事も感じさせる内容だった。

新宿ミラノ、銀座シネパトスほか全国で公開中

(C)「信さん・炭坑町のセレナーデ」製作委員会

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